きちんとききかんりをしましょう
※パラレル、幼馴染。オリジナル要素強。注意。





side:I



―この時のことを、闇医者は「二度と味わいたくない種類の恐怖だった」とのちに語る。





チリチリと怒気を撒き散らして入ってきた臨也に、新羅は軽く後ずさった。
ああ最悪だ、と心の中だけで呟いて、セルティを背に庇うように後ずさった足を戻す。
今の臨也の精神は間違いなく最悪の状態だった。
岸谷新羅の友人であり平和島静雄の幼馴染である折原臨也という人間は、余程のことがなければ決して自ら手を下さない人間だった。火種を放り込み甘い言葉で揺さぶって相手の心を引っ掻き回すことを最大の悦楽とするような外道だが、彼は基本的に自らを蚊帳の外に置く。直接手を下すことを厭う。
だが、それはあくまで余程のことがなければ、の話なのだ。
今、彼の中で普段はまどろんでいる怪物が目を覚まそうとしている。普段は静雄という存在によって眠らされている、決して起こしてはいけない怪物が。

「新羅、シズちゃんは?」

冷え切った声は純粋な怒気に染まっている…本気で怒る時、臨也は激昂するタイプではないのだ。

「まだ眠っているよ。薬はたぶんあと数時間もあれば抜けると思う」
「そう」

頷いた臨也の視線がソファーに寝かされた静雄に向けられる。
近づいてそっと触れようと手を伸ばして、何を思ったか臨也は手を引っ込めた。
眉間に皺を寄せたまま、視線で静雄の全身を辿り何かを確かめる。

「新羅、シズちゃんのことは任せる」
「ちょっと待ってよ。君はどうするのさ!静雄の目が覚めるまで待たないのかい!?」

今行かせてはまずいと本能的に感じて引き止めようとする新羅の言葉に、臨也はマンションを訪れてから一度も見せていなかった笑顔を浮かべた。
だが、普段の人を食ったようなそれではなく、歪んだ、悪意しか感じられない笑みだ。
まずいまずいまずい早く起きろ静雄!!と無茶なことを新羅は心の中で要求する。静雄が酒と共に摂取したらしい薬物は軽く見積もって通常の濃度の50倍はあったはずで、言うことを聞かない身体を何とか引き摺って新羅のマンションを訪れた彼の意識はその時点で既に半ば混濁していた。
これが睡眠薬であれば…不本意ながら…臨也に慣らされた静雄には効かなかったかもしれない。だがそれは明確な殺意を持った毒薬だった。

「新羅、俺は嫌なことをされたら必ず10倍返しする主義なんだ。あいつらは俺のシズちゃんに手を出した。これって俺に対する宣戦布告だよね?」
「落ち着け臨也!もし君が自分のせいで人を殺したなんてことになったら静雄は」
「大丈夫だよ。骨の一欠けから血の一滴まで、すべて跡形も残さず葬り去ってやるから」
「ちっとも大丈夫じゃないよそれ!」

叫ぶ新羅に臨也はくつりと笑った。

「ねえ、新羅。君だって運び屋になにかあったら絶対許さないだろう?同じだよ。これは報復なんだ。だからこそ、二度と誰も手を出さないように完膚なきまでに叩き潰さなきゃいけない」

ああこれは止められないな、とはっきりわかった。臨也の怒りのメーターは振り切れて完全に暴走している。
あらかじめセルティには口を出さないように言っておいてよかった、と心底安堵した。友人である新羅に危害を加えない理性は残っているようだが、可能性として警戒していた事態が現実になっている以上いつこの剥き出しの殺意が自分たちに向けられてもおかしくなかった。
行かせるしかないのかと新羅が自分の無力を悟り諦めかけたその時、


「いいかげんに、しろ…臨也」

掠れた声が、そう言った。
臨也は一瞬息も動きも停止して、それから妙に緩慢な動作で振り返る。

「しず、ちゃん?」
「静雄?」

信じられないことに、あと数時間は目覚めないはずの静雄が目を開いていた。
「手前、勝手に…暴走しやがって」
「シズちゃんまだ動いちゃだめだよ!」
薬物の影響を脱していない身体を無理やり起こそうとするのを臨也が制止する。
「いいから、来い…この大馬鹿」
のろのろと上がった静雄の腕が、臨也を逃がさないように引き寄せる。
熱で熱い身体に臨也は震えて、唇を噛み締めた。

「…俺馬鹿じゃないよ。復讐は俺にとっては正当な権利だ」
「手前はやりすぎるからダメだ。やるなら、治ってから自分でする」
「でもっ」
「いーざーやー…俺はダリぃんだ。あんまり手を焼かすな」

力の入らない腕から暴れて逃れた臨也に、静雄が苦しげな様子で唸る。
叱られたことに納得のいかない子供のような表情を浮かべる臨也に、口を出すのを控えていた新羅はほっとため息をついた。これならもう大丈夫だろうと判断する。

「ほら、来い」
手を差し出して呼ぶ静雄に、臨也は拗ねた顔のまま近づき、ぽふりとその胸に顔を埋めた。
そのまま抱き締めてやはり拗ねた声で文句をたれる。
「…シズちゃんの危機管理能力が低いから悪いんだよ」
「そうだな」
「こんどから気をつけてよ。知らない人から物もらったら絶対食べたり飲んだりしないって約束して」
「わかった」
「シズちゃんの馬鹿。もし今度があったら次は止めないから覚えといて」
「気をつける」
いつもなら口論から果ては暴力に発展するような彼らだが、今日はお互い普通の状態ではないせいでその気配はない。
自分の落ち度を理解しているからか素直に応じる静雄は、さすがに臨也の扱いを良く心得ていた。

そうしている内にようやく完全に収まった怒気に、新羅は今度こそ大きく息を吐いた。
まったくもって生きた心地がしなかった。当たり構わず吐き散らされる殺意がそれだけで精神を磨耗させる、そんな怪物がようやくなりを潜め、いつもの臨也が戻ってきた。


―静雄にはもっと危機管理を徹底するように指導しよう。


そう心に決めて、新羅は二人に声をかけるべく口を開いた。












※いつもは眠っている、心の奥に潜む悪意に満ちた破壊衝動のはなし。 違う話だけど→side:S

『猛獣』設定の二人はお互いを他人が傷つけることを心底嫌っています。臨也の場合、自分が関与しないことで静雄に軽いケガ以外を負わせた相手には本気で報復しようとします。今回は軽いケガどころか意識混濁状態だったため大暴走。


[title:リライト]