いがいときずつきやすいいきものです
※パラレル、幼馴染。





side:S



「なあ、臨也」
「なに?今忙しいんだけど」

幼馴染の声に、背を向けたまま臨也はそっけなく答えた。
意識をほんの少しだけ背後の相手に向けるが、その間も指は忙しなくキーボードを叩いている。
それが今日に限って酷く静雄の心を刺激した。
臨也が他所事に気を取られて自分を見てくれないということが、心に穴が開くような錯覚をもたらすのは何もこれが初めてではない。
もちろん、お互い普段はそれが普通で別に四六時中相手のことだけ考えているわけではないし気にも止めないのが当然だった。
だが、それでも。
今日の静雄にとってそれは突き放されたような見捨てられたような、ごく稀に感じるそんな漠然とした孤独感を抱かせた。

「臨也」
「煩いよシズちゃん。俺、今日は午前中は構えないって言ってたよね」

面倒そうな声で返す臨也はやはり振り向かない。

「臨也」
「………」

三度目にはもう返事もくれなくなった。
胸のうちの古傷を抉られる錯覚に、静雄は眉間に皺を寄せて苦しげな表情になる。

静雄と臨也は幼馴染だ。お互いにそう認識している。
だが、その関係は決して磐石なものではない。
たったひとつの約束で繋がれた関係は、臨也がほんの少し静雄への興味を目減りさせるだけで容易く瓦解してしまいかねない脆いものだった。
幼い頃のほんの一年を共に過ごしただけの幼馴染は、それでも静雄にとって唯一決して自分を恐れず、嫌わず、そばにいると言ってくれた他人だった。
けれど、一度その手は放されて。約束があってもそれは結局子供同士の口約束でしかなくて。
幼かったあの日々、何度もう二度と会えないのではないかと絶望した記憶が今もどこかで拭えないでいる。
こうやって生活を共にするようになった今でもその記憶は時折蘇って、静雄を苛み怯えを抱かせる。
だからこそ。

「俺は手前の何なんだ?」

ついに溢れ出た感情がそんな問いを発させてしまうのは、ある意味仕方のないことだったのだろう。
それは、静雄が普段見せないようにしている弱音であり疑問。
高校で再会して以来、いくつもの関係性を持ちながらそれでも明確にして来なかったこと。
訊くべきではなかったかもしれない。答えを聞けば今の関係は終わってしまうかもしれない。
そう思ってついに訊いてしまったことに一瞬後悔したが、結局今更だと静雄は開き直ることにした。
もう一度音に出して問う。

「俺は手前の何なんだ、臨也?」

最初の問いに一瞬動きの止まった臨也はきょとんとした顔で振り向いていた。
じっと静雄の顔を凝視し、どうやら本気の問いだと理解したらしい。
幾度か瞬きして、次いで盛大にため息をつき、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに手を振って静雄を睨んでくる。

「あのね、シズちゃん。俺は、シズちゃんが俺の何かなんてとっくに結論が出てると思ってたんだけど?」

手を伸ばして、ほらと催促する仕草に静雄は戸惑ったがおずおずと臨也の身体を抱き締めた。
背中をぽんぽんと叩かれて子ども扱い同然のそれに憮然とするが腕は解かない。触れ合う体温が暖かくて手放せなかった。
ほんの僅か込められた力にそれが伝わったのか、臨也の背が大げさに息を吐いて揺れた。

「シズちゃん、今君が何考えてるのかなんて大体分かるけどさ。たまにはちょっと頭使ってもの考えようよ。俺一人馬鹿みたいだよこれじゃ」
「……なにが、」
「だーかーらー…、…ああ、シズちゃんだもんね、言わなきゃわかんないよね。でもやっぱちょっとは頭使ったほうがいいよ。俺のことにだけでいいからさ」
「手前のことだけ考えてたらムカつきすぎて殺しそうだ」
「…そういう意味じゃないよ」

やっぱり馬鹿だねと囁く声は、そのくせ馬鹿にするでもなく優しく宥める響きを持って静雄の耳に届く。
ぽんとリズムを変えて背を叩かれその意図を察して拘束を解こうとして、でも感情に邪魔されて解ききれなくて。
中途半端に囲われたままの臨也がおかしそうに笑って、今度は口で意思を伝えてきた。

「顔が見たいからさ、もうちょっと手を緩めてよ」

抱き締めた時同様に怯えるような動きを見せて解かれていく腕。
それでも囲いは完全に解けず、臨也もそれ以上は何も言わずに静雄を見上げる。
赤の強い独特の瞳が静雄を捉え、強い視線がふっと緩められた。

「シズちゃんは、俺の敵で恋人で同居人で幼馴染で、たった一人の、心の底から大嫌いで大好きな人だよ。嫌いと好きが矛盾なく同居するなんて奇跡、俺はシズちゃん以外と体験できるとは思えないし、したくもない。俺は種としての人間は愛してるけど個々人には興味ないからね」
「………」
「まあ、頭の悪いシズちゃんにも分かるように言っちゃうと、俺が個人として愛してるこの世でたった一人の存在だってこと。分かる?」
「………」
「おーい?聞いてる?」
「………」
「うーん。困ったな…これ以上分かりやすい言葉ってなんかあるか?」
「…いざや」
「うん?」
「いざや、いざやいざや」
「はいはい。俺はここにいるよー」
「俺も、愛してるからな」
「…ははっ、そう言えば君も俺もこれを言うのは初めてだもんねぇ」

臨也はどこか困惑したような声で言って、抱き締めてくる静雄の頭を撫でる。
ぎゅっと腕の力が込められて、苦しいよと抗議されたが静雄は無視した。

『ずっと一緒にいるよ』
それは、幼い頃のちっぽけで大事な約束。
『俺はシズちゃん以外選ばない。だから俺を選んでよ』
懇願するように言った臨也の気持ちを、静雄はようやく受け取った。

「手前はあの頃からずっとそう思ってたのかよ」
「まあね。だから初めてシズちゃんと致しちゃった時言ったよ俺。俺は意外と一途なんだって」
「…言わずに分かってもらえると思うんじゃねぇよ」
「それはシズちゃんの思考が単純すぎるせいだと思う」
「いいや、手前が捻くれてるせいだ」

じゃれ合いのような会話を続けながら、静雄は心のうちの傷が少しだけ小さくなったと感じる。
相手が相手なのでこれから先も完全に消えることも癒えることもないだろうが、それだけで十分だった。
























その後、しつこい抱擁にうんざりした臨也が、
「ところで、俺そろそろ仕事に戻りたいんだけど?」
と、せっかくの感動の余韻が台無しになる一言をきっぱり言い切り盛大に静雄の機嫌を損ねることになるのだが、それはまた別の話。












※言葉が武器だからこそ出し惜しみする人と不安でも失うのが怖くて言い出せない人のはなし。
今回はシズちゃんの傷の話なので、次は臨也の傷の話。
こっちはオリジナル要素が半端なく強いので大丈夫な方だけどうぞ。 →side:I


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