むりにいうことをきかせようとしてはいけません
※パラレル、幼馴染。








その日、臨也はめずらしく機嫌が本気で悪かった。
朝から続く些細な不快の連続。だが、積み重なれば普通の人間でしかない臨也の機嫌が下降の一途を辿るのも仕方のないことで。
そして、そういう日に限って巡り合わせは悪いものだった。



「臨也くんよぉ、俺は池袋に来るなっていつも言ってるよなぁ?」

ずいぶんな物言いをする同居人を、臨也は剣呑な眼差しで睨む。
池袋の街中で出会えば臨也と静雄は敵でしかない。
幼馴染であり恋人であり同居人であったとしても、彼らのそりは基本的に合わない。特に静雄の臨也に対する苛立ちや怒りはほんの僅かなことで暴力や器物の破壊に繋がってしまう。
だからこそ、街中では敵として喧嘩相手として対峙し、お互いに対するストレスはそこで全て発散して家には持ち込まないこと。
それが、同居するにあたってお互いに妥協した結果の、暗黙の了解とでも言うべきものだった。

「っていうか、俺だって半分は池袋の住人なんだけどね」

無茶を言う、と臨也は暗く笑う。
この時点で機嫌は既に最底辺まで行き着いていた。
もともと臨也は誰の言うことであっても素直に聞くような人間ではない。しかも相手は静雄で、口にされた言葉は会えば必ず聞くものだ。
普段ならばそれでも笑って聞き流せただろうが、今日の臨也は不機嫌さも手伝って相手への殺意だけが膨れ上がっていく。
シズちゃんの言うことなんて聞くかよ。口の中だけで呟いて、臨也は意図して笑みを深くした。

「大体シズちゃんお仕事の最中でしょ?仕事放り出してまで俺の所に来るなんてそんなに俺に会いたかったの?それともアレ?今日こそ殺されてくれるのかな?それはそれで大歓迎だけど俺今ものすごく機嫌悪いんだよね?だから」
一気にそこまで捲くし立て、くつりと笑う。
「シズちゃん、本気でかかってこないとケガするよ?」
準備は万全ではない。だから臨也も静雄を殺せるとは思っていなかった。
だが、掠り傷で済まないケガを負わせる気は十分にあった。

「はっ、やってみろよ」
「じゃあ遠慮なく」








「ダメだ、まだイライラする」
静雄が臨也を探す怒声が遠くから聞こえていた。
「チンピラに、カラーギャング、鉄骨、トラック…は今日は偶然だけど。まあ、急だったし今回はこれくらいか」
指折り数えて、普通の人間だったら十分死んでもおかしくない状況を思い出し苦笑する。
「まあ、シズちゃんだし」
それに、静雄のおかげで臨也の不機嫌はだいぶなりを潜めていた。
まだ燻る苛立ちが多少は残っているが、誰彼構わず陥れてやりたいような暗い感情は消え去っている。
「ありがとうシズちゃん。でもまだイラついてるからもう少し付き合ってよ」
今はここにいない相手にそう言って、次の下準備を整えに臨也は同居人不在のマンションへと足を向けた。









『しばらく新宿に戻るからシズちゃんも好きにして』

リビングへと続くドア、シンプルに用件だけ伝える書置きを静雄は舌打ちして引き剥がす。
散々探し回らせた挙句自分を迎えたそれは、臨也の小さな嫌がらせであると長い付き合いで分かっていた。
今頃臨也はこれから自分のとる行動を想像して笑っているのだろう。

―うぜぇ。

こんなことなら喧嘩を仕掛けるべきではなかった。そう思う静雄だったがすでに後の祭りで、結局ため息をつくに止めた。
これで感情にまかせて家の中のものを破壊した日には本気で機嫌を損ねて当分新宿から出て来なくなるに決まっている。
握った書置きをありえないくらい圧縮させた拳はそのままに、我侭な幼馴染を迎えにいくために家を出た。












※むりにいうことをきかせようとしてはいけません。ストレス発散に付き合わされた挙句我侭攻撃に晒されます。


[title:リライト]