じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう
※パラレル、幼馴染。








静雄と臨也の関係を一言で言うことは難しい。
彼らが池袋の街中で繰り広げるチェイスを目撃したことのある人間は『天敵』とでも言うかもしれない。
さらに彼らの事情に踏み込んだ人間なら『恋人』だという答えも返るかもしれない。
もっと事情をよく知る闇医者や黒バイクの運び屋ならば『同居人』という答えも加えられるはずだ。
そして、もし彼ら二人に直接問う度胸がある人間がいればこういう答えが聞けただろう。

「「幼馴染だ(よ)」」

と、彼らの全ての関わりの根底にある関係を、さも当たり前のように彼らは答えるに決まっているのだから。






「臨也」

呼ばれてパソコンを弄る手を止めた臨也は、目の前に差し出されたものに首を傾げた。
静雄の手にあるカップを覗き、中身を確認する。

「コーヒー?」
「それ以外の何に見えるってんだ?」
「まあね」

ほら、と再度差し出されたそれを受け取り、一口飲む。
「ん、美味しい。コーヒー淹れるの上手くなったね、シズちゃん」
「手前が煩く言うからな」
最初の頃は不味かったといまだしつこく言外に示す臨也に眉を寄せてから、静雄ももう片方の手に持っていたカップを傾けた。確かに我ながら良い出来だと満足げに頷く。
「さすが俺!シズちゃんを順調に調教中ってね」
けらけら笑って臨也は再びパソコンに視線を向ける。が、すぐにがしりと頭を掴まれて無理やり静雄の方に戻された。

「痛いよシズちゃん。手加減してくれないと首がもげるって」
「あぁ?別にいいだろ。どうせうぜぇこととかムカつくようなことしか考えない頭だ」
「酷いなぁ」
「手前が悪い。大体なんだ調教中って」

睨みつけてくる視線は普段街中での喧嘩の際に見られるものと同じ鋭さと強さを持っていたが、臨也は気にした様子もなくぺちりと静雄の腕を叩く。
「退けてよ。痛い」
強い声ではない。だが、静雄はため息をついただけで臨也の頭を解放した。
人を小馬鹿にするような響きも悪意的な響きもない声。平素の彼を知るものならば同一人物かと疑うほどに邪気のない声。
だが、それは静雄にとって最も馴染みの深い声だった。これこそが、幼かったあの日に交わした約束を愚直なまでにただ真っ直ぐ守ってくれている幼馴染の声だった。

―だというのに。何故ああも普段は憎たらしくて息の根を止めてやりたいと思ってしまうほど可愛くないのか。

静雄は臨也の所業を思い出して機嫌が降下していくのを感じたが、別のことに意識を逸らし何とかやり過ごして。
それでも残った僅かな怒りを言葉にして発散すべく口を開いた。

「なあ、臨也」
「なに?」
「手前って本当にムカつくほど素直じゃないよな」
「うん。それは喧嘩を売っているとみなしてもいいのかな?いいんだよね?よし買った」

椅子から立ち上がりにっこり笑ってポケットからナイフを取り出す臨也に、静雄はとりあえず一矢報いた気分になる。
「臨也、ここじゃ喧嘩はしないって約束を忘れてんじゃねぇか手前」
「…うっわ、シズちゃんにそんなこと言われる日が来るとは思わなかったよ」
明らかに虚を突かれた表情でそう言い、静雄の喧嘩相手であり恋人であり同居人であり幼馴染である男は素直にナイフを仕舞い込んだ。
そのまま盛大にため息をついて立ったばかりの椅子に逆戻りし、恨めしそうに静雄を見上げてくる。
「俺って一応家主だよね?俺のが偉くない?」
「知るか」
「ふーんだ。シズちゃんの馬鹿馬鹿馬鹿。死んじゃえ」
すっかり子供返りしたその様子にはさすがに呆れるしかないが、それに対して静雄は怒る気はなかった。臨也もそれを知っているからこそ、こうも無防備に子供じみた悪態をついているのだ。
静雄にも絆されている自覚はある。その根底に幼い頃の記憶が深く関係していることも。
だが結局は。

「シズちゃん」
「なんだ」
「もう一杯」

声と共に差し出されるカップを反射的に受け取って。
ああ確かに自分は飼い慣らされているのかもしれないと静雄は小さくため息をついた。
そして、それでもいいと思っている自分に苦笑する。
結局、この幼馴染が自分にだけ望むことならば出来る範囲でなら叶えてやってもいいと思っているのだ。

「胃の調子が悪くなっても知らないからな」

それでもせめてもの抵抗で口にした言葉が臨也に効果があったのかどうかは、キッチンに移動した静雄には分からないし知る必要もないことだった。












※それぞれの立ち位置。相互依存にたぶん近い。
方向性を決めずに書くとぐだぐだになる見本。


[title:リライト]