アソート 1
『けもみみパラレル』小ネタ詰め合わせ。









ふわりと、妙に落ち着きを奪う香りがして。
静雄は眉を寄せて、その源を探った。

酷く胸が騒ぐ。
ぞわりと背筋を震わせる香り。不快なのかと問われると、決してそうではないが。
だが、それは酷く本能に訴えかけるものがあった。

不機嫌に耳を伏せた静雄はきょろきょろと辺りを見回す。
犬族やら猫族やらが自分と同じように登校してきているが、匂いの源はそこにはなかった。
どこだ?と首を巡らせ、狼の鼻を頼りに探る。

「……?」

ふと見上げた先。
校舎の屋上に、人がいた。
さわりと風が吹いて、香りが強くなる。

「…あいつか?」

遠目ではっきりとは分からないが、たぶん猫族だ。
三角の耳と、長い尻尾と。
かの種族に特徴的なそれを持った人物は、自分を含む生徒を見下ろしていた。
立ち止まったままの静雄に気付いたのか視線が向けられたのが分かる。

ざわりと総毛立つような悪寒。
背筋を走り抜けたそれに、低く唸った。
どうしてか、視線を外すことができない。

「何だ、これ」

呟く声は酷く掠れていた。
抗い難い、強い衝動。腹を立てたわけでもないのに破壊衝動にも似たそれが湧き上がるのを感じて、静雄は身震いする。
アレを捕まえなければ、と彼の本能が騒ぎ立てていた。
しばらくそうして遠くから見詰め合って。
ふいに相手の猫族の視線が逸らされて、静雄は肩透かしを食らったような妙な気分に陥りながら鼻を鳴らす。
何故、自分がそう感じるのか。初めての感覚に戸惑う彼は、気付かなかった。

この日。自分の運命が大きく変わったことに、彼はまだ気付かないまま。
ゆっくりと、だが確実に、物語は回り始めた。


※顔を合わせる前の話。
















朝の日差しが遮光カーテンの隙間からもれて床に反射する。
その僅かな光に意識を覚醒させた静雄は、しばらく目を瞬かせて、それからひとつ欠伸をした。
今日は日曜日。学生である静雄は休日だった。
まだ肌寒い春の気候がもたらすひんやりとした空気にふるっと身を震わせて、掛け布団からはみ出した尻尾をそっと引っ込める。
そうして、まだ起きる気にはなれない静雄は、二度寝の体勢に入ろうとして――、ふと、あるべき温もりがないことに気がついた。
寝る前はしっかりと腕の中に抱いていたはずの相手を探して、僅かに身を起こす。

「…臨也?」

見回しても部屋に姿はなく。呼ぶが、返事はない。
くんと鼻を鳴らす。
匂いは残り香と呼ぶにはまだ新しい。そこから、昨日彼を抱いて寝たことが夢でないことを確かめて、静雄はベッドを出ようとした。 と、

「あれ、シズちゃん起きちゃったの?」

キイと僅かに軋んだ音をさせてリビングへと続くドアを開けて、臨也が入ってきた。
「手前、何処に行ってたんだよ」
ついつい恨みがましい口調になってしまうのは、たぶん少し寂しくなってしまったからで。そんな静雄の心のうちを見透かすように笑った臨也が彼の側にやってくる。

「ごめんね」

こつんと額と額を合わせて謝る臨也を抱き寄せれば、その肌は空気同様ひんやりとしていた。
「冷てぇ」
と、唸るように言えば、苦笑される。

「新羅にちょっとお願いしてたことがあってさ、その連絡が来てたんだよ」
「こんな時間にかよ…」
「ん。でも、もう時間そんなに早くもないよ?」
「うるせぇ。まだ寝足りねぇんだよ」

文句を言う静雄に、臨也が声を立てて笑う。
眠くてご機嫌斜めなの?違うよね?と静雄の不機嫌の理由を正しく理解して言うものだから憎たらしい。
思わず感情のまま睨むが、まるで堪えた様子もなくさらに「シズちゃん可愛い」などと言われてしまった。
と、ふいに臨也がくしゅんと小さくくしゃみをする。

「…ったくよぉ」

ぼやくような呟きを零して。
しかし、静雄の行動は迅速だった。
臨也を抱き込んで寝転び、そのまま暖かい布団に包んでしまう。たいした抵抗もなくベッドに引き込まれた臨也は、んーと声を出して静雄の胸に頬を摺り寄せた。
布団の中なので目では確認できないが触り心地のいい尻尾が静雄の腕に絡むように触れていて、臨也が甘えているのだと静雄に教えてくれる。

「シズちゃんってあったかいよねぇ」
子供体温だとからかうように言うくせに、くるると喉を鳴らして。臨也は満足げに目を細めた。

「もう一眠りしようか?」

柔らかな声に誘われて、いまだ眠気の抜けきっていなかった静雄は「そうだな」と返事をする。
腕の中の心地いいぬくもりに不満も寂しさもあっさり溶けて消えていて、静雄は満たされた気分で目を閉じた。


※実は結構甘えんぼな静雄さん。