ケモノの王様 11
『けもみみパラレル』続編小ネタ連載。完結。









――数日前。

臨也は夜中にかかってきた電話に不機嫌に応対していた。
電話の主は、言うまでもなく九十九屋真一だ。

「それで、結局何の用だ?」
あれこれ話すが本題になかなか入らない相手に焦れて問う。
『はは、機嫌が悪いな』
「お前のせいだろ」
『…平和島静雄に龍について話した』
「知ってる」
『…臨也』
「何?」

声の調子を落として、九十九屋が臨也の名を呼ぶ。
こういう時、彼は本気だ。それが分かっているため、臨也も表情を引き締めた。

『俺の見た未来では金色を持った龍が生まれる可能性はない。つまり、その力を持った人間はお前を最後に生まれる可能性は薄いわけだ』
「何が言いたい」
『誰にも気付かれるな。龍族はその力を欲しがっている。元々その力で頂点に立った連中だからな…ないと不安なんだろうさ』
「…分かってる」
『まあ、お前については実はあまり心配してない。平和島静雄がいる限り、お前がどうこうなることはないだろうし』
「………」
『でも十分気をつけろ』
「…うん」

ありとあらゆる獣の頂点に立つ、龍という種族の特異性。その龍の王が持つという支配の力。それを有することの意味を十分理解している臨也は珍しく素直に頷く。
そのめったにない素直さを気味が悪いなと笑って、九十九屋はそろそろ電話を切ると告げた。

「九十九屋」
『何だ?』
「……心配してくれて、ありがと」

気恥ずかしいのを堪えてそう言ったというのに、電話越しの相手は沈黙したままだ。
臨也はしばらく反応を待つが、あまりのリアクションのなさに苛立ってついぱしぱしと尻尾で床を叩いてしまう。
そんな臨也の行動を見透かすかのようにあれほど反応のなかった相手がくくっと喉を振るわせる。

『じゃあな、ケモノの王』
携帯越しの笑いを帯びた声に。
臨也は不愉快そうに顔を歪めて、言い返した。

「…俺はもう二度と会いたくないね」
『それは残念だ』

クスクス笑いを残してぷつりと切れた通話。
ついつい手にした携帯を睨みつけて、臨也は唸るような声で言う。

「くそっ、次会ったら覚えてろ」

次があることが前提の言葉を口にしてから、いややっぱり会いたくないとふるふる首を振って。
臨也はふうと息を吐き出して、ようやく九十九屋の件にカタがついたと安堵するのだった。









しばらく手の中で携帯を転がしながらぼんやりと思索に耽って。
ふふ、と臨也は楽しげに笑った。
それは、あの九十九屋にも分からないことがあるということが、純粋に面白かったからだ。

「残念。ハズレだ」
ぽつりと、すでに繋がっていない携帯に向かって言う。
九十九屋は臨也…金龍の支配の力を持つものが龍族の長であり獣の頂点である『ケモノの王』なのだと認識している。古い文献にも歴史書にもそう記されているのだから、それは仕方のないことではあったのだが。
だが、臨也の意見は違う。おそらく、歴代のこの力を持った金龍もそうだっただろう。

――本当の王様はシズちゃんなのにねぇ。

臨也は『ケモノ』だ。歴史書が示すところの、世界の敵。その力をふるい今ある世界を壊すケモノ。
そんなふうに言われるほどの、自然現象すら支配する臨也の力に対抗できるのは静雄だけだ。
いつの時代にもケモノが生まれれば必ず生まれる対の存在。
時代によってはケモノの敵であったり味方であったり、時に伴侶であったりする人間。
臨也はそれを本能で知っていたし、たぶん静雄も無意識に感じていたはずだった。

「…別に、だからシズちゃんが好きなわけじゃないけど」

ケモノと対の存在は引かれ合うが、それが必ずしも好意的なものであるとは限らないことは先代、先々代の金龍が証明している。殺し合いに発展したというのだから、そう昔の自分たちと違いはなかったのかもしれないが。と考えて、臨也はいや違うなと思い直した。
考えてみれば、気持ちは隠していたが臨也は最初から平和島静雄に好意を持っていた。最初から静雄が力の効かない相手だと確信していたわけでもなかったし、つまり、これはたまたま惚れた相手が対の存在だったというだけなのだ。
うん、と一人頷いて。
臨也は満足げに笑う。

この世で唯一、金龍の支配の効かない天敵。
ケモノの力を抑え、ただの人間に変えてしまえるただ一人のケモノの王様。
そして、臨也にとっては何よりも愛しい、たった一人。
それが、平和島静雄だ。

「これは俺だけの秘密だ」

クスクス笑って、臨也はゆらりと尻尾を揺らして窓越しの月を見上げる。
静雄にだって教えてやらない。静雄の秘密は、ただ一人、最後のケモノとしてこの胸の内に秘めたままでいると臨也は決めていた。
求愛されたあの日から、いつだって臨也にとって一番大事なのは静雄だ。だから、誰であろうと静雄の真実には触れさせてなどやらない。

――何しろシズちゃんは俺だけの王様だからね。

他の誰かが静雄に興味を持って手を出してくるなど、許せるはずもない。心の狭さは静雄以上だと彼はちゃんと自覚していた。
とりあえず臨也と静雄の関係をある程度把握できている唯一の人間が手を出さないと誓ったのだから、これでしばらくは安心である。
だから、ひとまずの平穏を得たと考えて。
愛する者が対である幸せに、猫族の姿をしたケモノはそれはそれは満足げに笑って、彼の姿を脳裏に思い描いてくるると喉を鳴らすのだった。
















数日前のことを思い出して、くすりと笑って。
臨也は二人分のマグカップを持ってキッチンを出た。
そのままリビングのソファで寛ぐ静雄のほうへ向かい、カップを手渡して隣に座る。

「ありがとよ」
「どういたしまして」

そんな会話を交わして、ゆっくりとコーヒーを飲む。
すでに夕食も済ませもうじき静雄は帰らなければいけない時間だったが、何となく二人とも名残惜しかった。

「ねぇシズちゃん」
「ん?」
「……やっぱ何でもない」

泊まって欲しいと口にしようかどうしようか迷って。
臨也は結局言わずに首を振る。

「あ、そうだ。今度シズちゃんちに挨拶に行かないと」
「ん?ああ。まぁ、そのうちな」
「すぐじゃなくていいの?」
「焦ることねぇだろ」

家族に反対される心配のない静雄は、まあそのうちでいいだろとそう考える。
それより今は、臨也と一緒にいる時間を大切にしたかった。
触れて、抱き締めて、甘やかして。
そうされるのが大好きな黒猫を構ってやるのが、静雄にとっては一番大事なことなのだ。

「…やっぱ、今日泊まってく」
「…いいの?」
「あー…連絡すりゃ大丈夫だろ」

ここは臨也のマンションだが着替えは常備されている。泊まるのには何の問題もない。
「制服、あったっけ?」
「この前置いてったやつは?」
「あ、あったかも。たしかクリーニングしてあるよ」
「なら決まりだ」

そう言って、静雄は臨也がコーヒーを飲み終わったのを確認しカップを取り上げた。
そして、それをテーブルの上においてから、手を伸ばして臨也を抱き寄せる。
応えるように、臨也も手を差し出せば。
ひょいと向かい合わせになるように膝の上に乗せられた。

「シズちゃん、俺明日体育あるんだけど」
「痕はつけないようにする」
「…手加減もして欲しいんだけど」

尻尾の付け根から先へ向けて静雄の大きな手が撫でていく。
その感触にぞくりとしながら、臨也は仕方ないなと溜息混じりに呟いた。

「シズちゃん、約束だからね。ずっと一緒にいてね」
「おー、手前が嫌だって言っても離さねぇから覚悟しとけ」

抱き締める腕の温かさ。
それを感じながら、臨也は大好きと小さく囁いて。
それに答えるように落とされる口付けに、幸せそうに口元を綻ばせた。





※これにてひとまず閉幕!長らくのお付き合いありがとうございました!