ケモノの王様 10
『けもみみパラレル』続編小ネタ連載。









「じゃあ九十九屋さんは帰っちゃったんですか?」
「うん。あっちでまだやりたいことがあるとかでさ。ま、俺としてはその方が平和でいいけどね」

学校からの帰り道。
まだ警戒気味な正臣を後方に、並んで歩く臨也と帝人は顔を見合わせて苦笑する。

「まあ、良くも悪くも影響力の大きい人ですからね」
「そうなんだよ。しかもまだ諦める気ないんだよ?あり得なくない?」
「…それは、ノーコメントで」

そんな会話をしながら歩いていく臨也たちの背中を睨むように見つめて、静雄はふうと息を吐き出して。
隣の正臣に話しかけた。

「あいつらって、ただの従兄弟なんだよな?」
「…そうですよ。でも境遇が似てるせいで、仲はいいみたいですけど」
「ふうん」

狼の尻尾が不機嫌に揺れるのを横目で見て、正臣は少しだけ歩みを遅くする。
八つ当たりをするような人間でないと分かっているが、つい、というやつだ。

「………」
「………」

沈黙が落ちる後方二名とは対照的に、前方の二人はのんびりと会話を続けていた。
九十九屋のことから段々と雑談に移っていく中で、ふと思い出したかのように帝人が問いかける。

「ところで、何で静雄さんなんですか?」
「おや、ずいぶん今更な質問だね」
「気にはなっていたんですが、訊く機会がなかっただけです」
「ふぅん。そうだね…」

帝人の問いを頭の中で反芻して。
ゆらゆらと尻尾を揺らして臨也は考え始めた。
















しばし考えて。
臨也はうーんと唸って、首を振った。

「難しいなぁ…」
「?」
「決定的な理由はないんだよ。強いて言うなら、シズちゃんがシズちゃんだから、というのが妥当なところかな」

そう言われて、はあと微妙な返事を返すしかない帝人に臨也は笑う。
理由は分かる。優しくて自分を甘やかすのがうまいこと。この世界でたぶん唯一自分の力が効かない人間であること。他にも些細なものを含めればきりがない。
だが、臨也にとってそれはどれも決定的なものではないのだ。

「俺は平和島静雄が好きだ。そして、そこに理由を求めたことはないんだよ」
「…好きという事実だけでいいってことですか」
「そうだよ。それで十分だ」

うんと頷いて。
臨也は目を細めて、空を見上げる。
なんとなくその視線を追った帝人の耳に、呟くような声が聞こえた。

「もし運命というものがあるとして、それが俺とシズちゃんを出会わせたって言うのなら。俺は世界に感謝してやってもいい」

耳を疑う科白に、でも帝人は何も言わずに臨也を見る。
神を信じない彼がそういうのだ。何かそう口にするだけの理由があるのだろうと考える。
「おい帝人!お前こっちだろ!」
後ろから正臣に言われて、いつの間にか別れ道まで来たことに気付いて。
帝人は時間切れですね、と笑った。
聞きたかった答えを結局得られなかった彼に、臨也は口の端を吊り上げて言う。

「質問はもういいのかい?」
「今回は諦めますよ。またそのうち訊くかもしれませんけど」
「そう?じゃ、またね」
「はい、また明日」

手を振って、追いついた静雄と肩を並べて歩き出した臨也のその後姿をしばらく眺めてから。
帝人は、何だか惚気を聞いただけだったかも、と小さく呟いた。
















ゆっくりと歩を進めながら、静雄は隣の臨也の横顔をちらりと眺めた。
黒い艶やかな髪と短いが柔らかな毛に覆われた猫の耳。切れ長の目。おそらく色素が薄いことから来るのだろう赤味を帯びた瞳。白い肌。きれいに整った秀麗な顔。細身だが無駄のない筋肉のついた体。触り心地がいい真っ直ぐに長い黒い尻尾。
それらを順に目で辿って、改めて見た目はいいんだよなぁと嘆息する。
さらに、決してよろしいとは言えない性格も、そこが味だろうと言う物好きがいるのだ。心配のネタは尽きそうにない。

「なぁ臨也」
「んー?何?」
「今日、手前の家に寄っていいか?」
「おや、俺は当然寄るものだと思っていたんだけどね?」

くすりと笑われて何となくムッとして、静雄はそうかよと答えて顔を前に向けた。
そんな態度を、やっぱりシズちゃんは可愛いなぁなんて思われているとは思ってもいない。

「帝人くんに訊かれて思ってたんだけど、やっぱり俺シズちゃんのことすっごく好きだなぁ」
「………そうかよ」
「何でこんなに好きなんだろうってくらい好きだ。声も顔も性格も。嫉妬深いところも全部好き」
「…嫉妬深くて悪かったな」
「ははは、怒んないでよ。そういうところも好きだって言ってるのに」

どうやら臨也の従兄弟への嫉妬は完全に見透かされているらしい。
元より隠す気はないが何となく気恥ずかしいような気がして、ばさりと不機嫌に尻尾を振ってみせた静雄に。
臨也はにやにや笑って、楽しげに言葉を紡いだ。

「俺にはシズちゃんだけだって言ってるのにそれでも嫉妬するとか、ホントシズちゃんは可愛い」
「…うるせぇよ。手前が誰彼構わず愛想振りまくのが悪い」
「えー?俺別に愛想振りまいたりしてないし」

ことりと首を傾げて見せて、まるで分かっていない風を装う確信犯。
本当は自分がどう見られているか全部理解しているくせに、わざととしか思えない態度を続けるのは。

「やっぱり手前は性悪だ」
「あはは、そんなのもうとっくに分かってることでしょ?」

嫉妬してもらいたいんだよ俺は、と自ら種明かしする黒猫に、今すぐこの場で口付けたい衝動に駆られて。
静雄はここは街中だ!冷静になれ!と自分に言い聞かせて何とか堪える。
それに、残念と呟いて、臨也は先程までより早足で歩き出した。

「早くうちに行こ?」

その言葉と表情がまるで早くキスして欲しいと言っているように思えて、無意識にごくりと喉を鳴らしてしまった静雄に。 臨也は、目を細めて悪戯に成功した子供のような顔を浮かべてみせ、もう一度「早く」とねだるような声で誘うのだった。