ケモノの王様 8
『けもみみパラレル』続編小ネタ連載。









臨也から、龍については聞いていた。
高い魔力と多くの異能。プライドが高く、力に驕った一族。
唯一の救いはその繁殖力の低さだけ。同種同士ではほとんど子供が生まれず、他種と交われば生まれるのはほぼ他種。
臨也は、そんな種族と猫族の間に生まれた。
龍の特徴を持たずとも半分は龍。龍の血を持つ限り、臨也は龍の柵から逃れることはかなわない。

「…だからって、臨也を好きにさせる気はねぇ」
あいつは俺のだ、と静雄は唸る。
「龍だろうが何だろうが臨也を連れてくってんなら、全部ぶっ潰すだけだ」

自分を睨んだままそう言う静雄に、九十九屋はくつりと笑った。

「ぶっ潰す?…無理だろうな。お前は龍の異能の特殊性をまるで知らない。暴力だけで勝てるほど龍族は甘くないぞ?」
「んなの、やってみなきゃ分かんねぇだろうが…」
「分かっているさ。いくら強いとはいえ、お前じゃ俺にだって勝てない」
「………」

九十九屋の言葉に、静雄は奥歯を噛み締める。
静雄は臨也から龍という種については教えられていた。だが、龍族が持つ異能がどのようなもので、静雄がそれに対抗できるのかまでは聞いていなかった。
だから、九十九屋が使う異能の種類が分からない以上、現段階で静雄には打つ手がない。

「狼族は種としてはそれなりに強いかもしれないが、それじゃ本家の連中は納得しない。やつらは臨也と龍族との婚姻を諦めたりはしないだろう」
だから、と九十九屋は言う。

「臨也のことは諦めてもらえないか?」

出来るかよ。そう、静雄は頭の中で答える。
出来るわけがない。あれほどに強く惹かれる存在を静雄は知らない。あの存在が唯一だと、狼の本能がそう訴えるのだ。

「冗談じゃねぇ。あいつは俺のだって言ってんだろうが」
「…聞き入れる気はないんだな?」
「当たり前だ。手前らがそういうとこかなり適当なことは知ってるけどな、俺たち狼族は、一度決めた相手を早々変えたりしねぇんだよ」
「なるほどな」

静雄が真剣なのは十分に伝わったのだろう。
九十九屋は、なら仕方ないと溜息をつく。

「力ずくで諦めてもらうことにしようか」

その声に答えるように複数の人間の気配が近づいて来て。
静雄は、結局そうなるのかよと思いながら、九十九屋をきつく睨み付けた。
















静雄は強い。
龍族を間近で見て育った臨也が言うのだ。それは間違いない。
だから、たかだか20人程度が相手であれば、その大半が大型肉食獣系であろうとも負けるはずもなかった。
耳を伏せ、威嚇の唸り声を上げる静雄に、すでに半数以上やられた男たちはじりじりと包囲しつつもうかつに手が出せない状態で。
しかし、半ば戦意を喪失しつつも、それでも背後の龍族の視線に逃げ出すこともかなわない。
逃げられないのなら諦めて戦うしかない。そんな雰囲気を漂わせている彼らに、静雄は溜息をつく。

「…もう止めろ。こんな連中けしかけたところで俺の気は変わらねぇぞ」

そう九十九屋に向かって言うが、九十九屋はわずかに目を眇めただけで何も言わない。

「おい、聞いてやがんのか手前!」

叫ぶが、これも無視。
携帯を弄る九十九屋の姿に、静雄はざわりと尻尾の毛を逆立てた。
絶対殴る、と決めて。まずは周りの邪魔な連中を蹴散らそうと考えた、その時。

「!…まだいんのかよ」

背後からする複数の足音。どうやら男たちか、あるいは九十九屋が援軍を呼んだらしいと察して、くそ、と舌打ちする。
包囲網が厚みを増した。もとより逃走する気はないが、逃走しないからこそ厄介だと思う。
無意味なことを続けさせる龍族を睨んでから。
静雄はとにかくまずは当初の予定通りこの連中を蹴散らしてしまおうと決めた。
包囲網を崩して、高みの見物を決め込んでいる相手を殴って、それから――。

「臨也は渡さねぇ。あいつの本家だろうがなんだろうが、ぜんぶ敵に回したって構わねぇんだよ俺は。臨也の野郎が本家と全面戦争するってんならそうするし、ここから逃げるってんなら逃げるだけだ。龍なんざ怖くもなんともねぇ。俺が怖いのは、臨也と離されることだけだ」

この後どうすべきかを考えて、誰にともなく呟いたその声は、九十九屋の耳にも届いたのだろう。
携帯の画面から顔を上げた九十九屋は、探るような目で静雄を見てきた。
元々敵は九十九屋一人と認識していた静雄は、その反応につい意識をそちらにやってしまう。
時間にしてほんの一瞬。実に一秒にも満たない時間だった。

「くそ、化け物がッ」

そんな叫びと共に。
静雄の意識が逸れたことに気付いた男の一人が、懐から抜き出したのは拳銃で。
叫びにそちらを見た時には、既に遅かった。
「死ね!」
さすがに銃はヤバイ。そう思うが、どうすることも出来ず。
拳銃の引き金が今まさに引かれようとした、その時。


「――止めろ」


深い怒りを帯びた、ぞっとするような声が、その場を支配した。
















空気すら凍らせるような声。
絶対的なそれが、空間を支配していた。

「全員動くな」

ゆらりと黒い尻尾を揺らめかせて、一瞬でこの場の支配者になった猫族が命令を下す。
「な、んで…」
拳銃の引き金にかけた指を動かすことが出来ず、男が顔を蒼白にして呻いた。
他の者にしても同様だ。自分の意思に従わなくなった体に、ただ困惑し、その原因だろう猫族に恐怖する。
そんな存在など完全に無視して、猫族――臨也はゆっくりとした歩みで静雄に近づいてきた。
「シズちゃん大丈夫?」
「…ああ、大丈夫だけどな」

真正面に立つ黒猫に溜息をついて。
静雄はその頬に手を伸ばし――。

抓った。

「いっ、痛いよシズちゃん!何するの!?」
当たり前だ。十分手加減しているとはいえ、痛いように抓ったのだ。
酷いよ助けに来たのに!と喚く臨也に静雄は眉を吊り上げて文句を言う。

「手前何危ないことに首突っ込んでんだ。何かあってからじゃ遅ぇんだぞ」
「危なくないもん!危なかったのはシズちゃんの方じゃないか!」
「煩ぇ黙れ。俺が言ってるのは、こんなのとつるんで危ないことしてんじゃねぇってことなんだよ」

こんなの、と行儀悪く指を差された九十九屋は苦笑した。
その指につられて視線をそちらにやった臨也は、酷く不機嫌な顔をする。

「九十九屋、俺はシズちゃんに手を出すなって言ったよね」
「ああ。だから、俺は直接は手を出していないぞ?」
「屁理屈捏ねるな。間接的にだって手を出すべきじゃないだろ」
「それはそう言わなかったお前の落ち度だな」
「………」

からかうような声で言われて、臨也はむうと唸って黙る。
確かに、落ち度だ。その点は子飼いの連中を使う可能性を考えなかった自分が悪い。

「…しかし、本当にお前の力が効かないんだな」
「そうだよ。だからシズちゃんは俺の天敵だったんだ」

静雄が抓っていた頬を開放したのをいいことに、ぎゅうっと静雄に抱きついて。
臨也は満足げに目を細めて、笑う。

「九十九屋。俺を止められるのは、たぶんこの世でシズちゃんだけだ」
だからお前の出る幕じゃないよ。
そう言って、静雄の胸に懐く猫族の姿をしたイキモノ。
それの背に腕を回して抱き締めて。
静雄は次の言葉を待った。
そうして続けられる言葉は、静雄の望んだ通りのもの。

「俺には、シズちゃんだけなんだよ」

耳ざわりのよい声が紡ぐ告白を聞きながら、静雄もまた、満足げに笑って見せた。