ケモノの王様 6
『けもみみパラレル』続編小ネタ連載。









「少し待ってもらえますか」
「?」
「臨也さんのこと、探してみます」

どうやってだと静雄が聞く間すらなく。
帝人は携帯を忙しなく操作しながら、小さく、けれど深く呼吸する。
その仕草に見覚えのあった静雄は、声をかけずにただ見守ることにした。

「じゃあ俺も仲間に見かけたか訊いてみるか」
「私も、みんなに訊いてみます」

そう言って、正臣は携帯を手に少し側を離れ、少女――園原杏里は罪歌の子供たちに呼びかけながらその場を離れた
それを見ながら、静雄はあー…こいつらも普通じゃねぇわけか、と妙に納得した。
竜ヶ峰帝人は臨也の従兄弟だ。普通じゃないのはある意味分かりきっていた。そして、その帝人の友人である彼ら2人が普通でなくても別におかしくはないのだろう。特に杏里から微かに漂う異質なもの特有の匂いを静雄の鼻は敏感に感じ取っていた。
…龍とかそういうのじゃねぇ…むしろ、セルティとかに近いのか?と、そう思いつつ、静雄はある意味この場で一番異質な気配を放つ存在に視線を戻した。

「…龍か」

臨也の妹たちと同じ、最強とまで言わしめられる種族特有の気配。
今までそんな気配を一切感じさせなかったはずの猫族の少年は、確かに今現在は龍族特有の匂いをさせていた。

「僕は猫です。ただ、龍の血を引いていて、少し特殊能力を使えるだけですよ」
静雄の視線に、帝人は相変わらず忙しなく指を動かしながらそう言って、苦笑する。
「僕には大した力はない。できるのは、情報の真偽を見分けることだけです。でも、」

そこで言葉を切って。
帝人は顔を上げて、静雄を見る。

「見つけました」

ダラーズの掲示板で情報を募り、その中から最も確実な情報だけを拾い出す。自分だからできることを、帝人は正しく理解していた。

「俺も見つけたぜ。たまたま見かけた奴がいた」
「私もたぶん、見つけました」

時を同じくして戻ってきた正臣と杏里の言葉に。
3人は僅かに顔を見合わせて、それから呼吸をそろえて同じ言葉を口にした。

「3人とも同じならほぼ確定だね」
「そうですね。私は罪歌の子供の人が偶然知り合いに聞いたって言っていただけなので、ちょっと確信がなかったから、良かったです」
「まあ俺も人伝だしな。確信はなかったけど帝人と杏里も同じなら間違いないだろ」

頷き合う3人の仲のよさが伝わってきて、静雄は自分にはほぼ無縁だがこういうのも悪くねぇなと思う。
とりあえず必要な情報は聞き出せた。これ以上ここにいて彼らの邪魔をするのも悪いだろうと、静雄はさっさと退散し目的地へ向かうことに決める。

「手間かけさせて悪かったな。今度何かお礼するからよ」
「気にしないで下さい」

静雄の言葉に帝人が3人を代表してそう言って。
それから、彼は小さく微笑んで自分の望みを静雄に告げた。

「臨也さんを守ってあげて下さい。あの人は強いけど、脆いところもある人だから」
それが僕のお願いです。

そう言って。
帝人は静雄の背を軽く押して、早く行ってあげて下さいと促した。










静雄の姿が廊下から消えるまで見送ってから。
正臣は長い尻尾をしゅるんと動かして帝人を振り返った。

「…なぁ帝人ー」
「何かな正臣」

ろくでもないことなら口にするなよという視線を向けるが、彼の親友は気にする様子もなく言葉を続ける。

「お前、これで良かったのかよ」

聞かれたくないことを聞かれた帝人は不愉快そうに眉根を寄せて、溜息をつく。
別に、帝人は臨也とどうこうなろうなどとは思っていなかった。ただ、淡い憧れのような感情を抱いていただけだ。にも関わらず、わざわざそれをつついてこようとする正臣を軽く睨んで、言う。

「…それを言うなら正臣だって同じでしょ」
「俺はいいのー。杏里がいるしー」
「あ、あの…」
「ちょ、園原さんは関係ないだろ!?っていうか、君沙樹ちゃんはどうしたのさ!?」
「あーはいはいそれはそれ!…それよりホントに良かったのかよ」

急に真剣な顔になられても困る。そう思いつつ、帝人は正臣の顔を見て、次いで隣の杏里の顔を見た。
どちらも心配そうな顔をして自分を見ていて、だから、さすがに誤魔化すことはできないなと諦める。

「僕の出る幕じゃないよ。静雄さんが、臨也さんをちゃんと守れるなら…臨也さんが笑っていられるなら、僕はそれでいい」

そう言って。だからこの話は終わりだと続けようとした帝人は、だが、正臣の向ける視線に結局話を終わらせることはできなかった。

「…何かなその目は」
「いやーうちの帝人くんは健気だなーと思ってさ」
「…元気出して下さい」
「え…や、あの?」
「大丈夫だ帝人!そのうちいいことあるさ!」
「きっと大丈夫ですよ」
「ちょ、園原さんまで何言ってるの!?」

同情の眼差しを両隣から向けられて思わず叫んだ帝人に。
友人2人はその慌てふためく姿を見て、楽しげに笑ったのだった。















ふうと小さく息を吐き出して、臨也は大きく伸びをした。
大したことはしていないが、気分的にくたびれたというのが本音だ。

「ああ疲れた。これで終わりだよね?」
「ああ、お前のおかげで早く片付いた。助かったよ、臨也」
「名前で呼ぶな九十九屋」
「はいはい、折原」

尻尾の毛を逆立てる臨也に大げさに両手を挙げて。
男――九十九屋真一はクスクスと笑う。
あいかわらず過剰なまでに名を呼ばれることを嫌うなと呟く相手に、お前に名前を呼ばれるのは不愉快なんだよと唸る。
臨也はこの幼馴染と呼んで差し支えのない男が昔から苦手なのだ。読めない勝てない。そう理解しているから、どうしても苦手意識を持ってしまう。

「…でも、これくらい自分で何とかできたはずだよね?俺に頼む理由はなかったはずだ」
「お前に会いたかったんだと言って欲しいか?」
「欲しいわけないだろ。反吐が出る」

それ以上馬鹿なこと言ったら怒るよと唸り声をさらに低く大きくした臨也にも九十九屋はただ笑うだけだ。
ああムカつく。そう思いつつも完全に遊ばれていると分かっているから、臨也はぷいっと顔を逸らして相手にするのを止めた。

「とにかくこれで終わり。俺はもう帰るから。あと、君のせいでシズちゃんと居る時間が減ったんだ、この貸しは絶対返してもらうよ」
「分かっているさ。だが、お前もいずれはこの世界でやっていく気ならいい社会勉強になったと考えるべきだな」
「………」

やっぱりムカつく男だ。伸ばされた手が頬を撫でていくのを感じながら、臨也は溜息をつく。
それでも嫌いになれないのはこの男も人間の範疇だからなのか、それとも、別の理由なのか。ああ嫌だ考えたくもないと思って、思考を中断して。
臨也は遠慮なく触れる手から耳を逃がした。

「触るな」

威嚇の代わりに尻尾で叩けば、九十九屋は苦笑して手を離す。

「折原」
「…何?」
「やっぱり俺と一緒に来ないか?」
「いかない」

きっぱりと拒否して。今度こそ本気で話を切り上げる気で、臨也はくるりと向きを変えて歩き出した。
その後姿を引き止めることもなく見えなくなるまで眺めてから。
苦笑を別の種類の笑みに変えた九十九屋は携帯を取り出し、送られてくる情報にくつくつと喉を鳴らした。