ケモノの王様 5
『けもみみパラレル』続編小ネタ連載。









「しーずちゃん」
声とともに後ろから抱きつかれて。
静雄は「おー」と応えた。
黒く細長いしっぽが視界の端で揺れるのを見つつ、口を開く。

「なあ臨也」
「なぁに?」
「手前、一体何してやがる?」

問いかけに、臨也はおやという顔をして見せた。

「大したことじゃないよ。シズちゃんにも迷惑かけたりしないし、もうすぐ終わるからさ」
「………」

静雄を抱き締める腕の力を強くして、臨也は笑う。

「大丈夫だよシズちゃん」
「…手前な」
「大好き」
「…………」

ああムカつく。そう言えばすべて片付くとか思ってんじゃねぇだろうな。
そう思って、振り返って睨んだ静雄の頬にちゅっと口付けて。
臨也はチェシャ猫の笑みを浮かべて、それから言った。

「という訳で、今日もシズちゃんと一緒に帰れないから」















放課後。
呼び止めるまもなく教室を出て行ってしまった臨也を見送ってから。
静雄は大きく溜息をついた。

「静雄くん、溜息ばっかりついてると幸せが逃げるよ?」
「うるせぇ…」
「臨也が心配?」
「………」

ばさりとしっぽを振って、静雄は耳を不機嫌そうにねかせて新羅に向かって唸る。
それにやれやれという表情をしてみせて、新羅はでもさと呟く。

「臨也は慎重だけど、時々とんでもないことをしでかすからね」
ちゃんと見張っておかないと危ないかもよ、と脅す彼は表情こそ笑っていたが目は真剣だった。
「何を知ってる?」
「…噂だけど、最近けっこうヤバイ連中と頻繁に会ってるらしいんだよね」
「…………」

大したことじゃないって言ってやがったじゃねぇか。
新羅から知らされた情報に、ギリッと奥歯を噛み締めて。
静雄は低く獣の唸りを上げる。

「…あの馬鹿猫がッ」

絶対見つけ出して何してるのか吐かせてやると憤る彼に。
新羅は、もう一度、今度は声に出してやれやれと呟いたのだった。
















「おい新羅、手前臨也の奴がどこ行ったのかは知らねぇよな?」
「さすがにそれはしらないけど」
「ちっ、携帯にかけても出やしねぇだろうし…」

苛々と不機嫌に尾を揺らす狼族の姿に、草食動物の本能でついつい僅かに後退りして。
それから、新羅は「そういえばさ」と思いついたことを口にした。

「臨也の従兄弟…竜ヶ峰帝人くんだっけ?彼なら何か知ってるかもよ?」
もちろん根拠などない。ただこれ以上苛々している静雄と一緒にいたくなかっただけだ。
そんな新羅の心情など気付くはずもなく、ぴくりと反応した静雄はああ、あいつかと頷く。

「まあ臨也の野郎の従兄弟だしな。何か知ってるかもしれねぇか…」
「うんうん。だから会いに行ってみたらどうかな?たぶんまだ学校にいるだろうし、僕はもう帰るからさ」
「…そうだな」

そうするか、と呟いて鞄を掴んで教室を出て行く静雄の背を見送って。
新羅は薄情にも、ごめん竜ヶ峰くん。でも俺は巻き込まれたくないから後はよろしく!頑張ってね!と心の中でエールを送った。








「あれ、ええと…平和島さん、でしたっけ?」
「ああ。…悪いんだが、ちょっと聞きたいことがある」
「あ、はい。どうぞ」

静雄の言葉に素直に応じた帝人に、隣にいた猫族の少年――木田正臣がおい!と慌てて止める。

「帝人!お前何考えてんだよ!この人誰だか分かってんのか!?」
「知ってるよ。臨也さんの婚約者だし」
「おいおい!頼むよホント!俺はできればあの人と関わりたくないの!知ってんだろ!」
「ああ…昔盛大にふられたんだっけ」

一応小声でそんなことを話す二人だが、耳がいい静雄には丸聞こえだ。
一部聞き捨てならない科白があったが、まあ今はいいと考え、静雄は改めて彼らに声をかける。

「悪いが急いでるんで、先に質問に答えてくれねぇか」
「あ、すみません。もう大丈夫です」

まだなにか言いたそうに口を開く正臣を無視して、帝人はくるりと振り返って答える。
と、その時。
「すみません。お待たせしました」
そう後ろから声が聞こえて。
静雄はまたか、と思わず低く唸ってしまったのだった。
















「園原さん」
帝人がそう声を上げるのを聞きながら、静雄は後ろを振り返る。
振り返った先、目が合った白い兎耳の少女は慌てたような表情をして小さく頭を下げた。

「あ、ごめんなさい」
お話してたのに、と謝られて。
静雄はクソと思いつつも首を振る。

「いや…」

少女がさらにもう一度謝ってくるのにさすがに気勢が削がれる。
「すぐ済む用件だから、ちょっと待ってくれ」
静雄の言葉に少女が頷くのを確認して、静雄は改めて帝人の方を見た。

「臨也の奴がどこにいるか知ってるか?」
「ええ、と…ここのところ何かやってるのは知ってますけど、具体的にどこにいるのかまでは…」
「おい、お前まだ臨也さんとつるんでんのかよ!?」
「いや、僕あの人の従兄弟だし、そもそも僕、正臣みたいに意気地なしじゃないし」
「ひどっ!さりげなく酷いぞ帝人!」

叫ぶ友人を軽くスルーして。
帝人は静雄の顔を見上げて言う。

「臨也さんは今九十九屋さんと一緒に行動しています」
「………」
「でもそれは、あなたを僕たちの事情に巻き込みたくないからです。それでも、臨也さんを探しますか?」

真剣な目でそう訊いてくる帝人に、静雄は迷うことなく頷いた。
「巻き込みたくねぇってのはあいつの理屈で、俺のじゃねえ」
例えそれが気遣いであったとしても、ただ黙って待っているなど静雄の性に合うはずがない。
どうせなら、完全に巻き込まれてしまった方がまだ気分的には安心なのだ。

「探すに決まってんだろ。あいつは俺のだ。あいつが危ねぇことに首突っ込んでんなら止めるのも俺の役目だし…なんかあった時に守るのも、俺の役目なんだよ」

きっぱりと言い切った静雄に、帝人は僅かに目を見開いて。
それから小さな苦笑を浮かべて、分かりましたと答えた。