ケモノの王様 4
『けもみみパラレル』続編小ネタ連載。









静雄の家の静雄の部屋で。
臨也は静雄に求められるまま、ぽつりぽつりと説明を始めた。

「俺と九十九屋はさ、小さい頃ずっと一緒にいたんだ」
「…幼馴染、だったか」
「うん。それもあったけど、俺があの頃、ほとんど九十九屋の家に入り浸りだったのも理由」

そこで、臨也は一旦言葉を切って。
小さく息を吐き出して、困ったように笑った。

「九十九屋は、俺の許婚だったんだ」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。
静雄は何度か瞬いて、ゆっくり臨也の言葉を脳内で繰り返す。
許婚。臨也は確かにそう言った。

「…許婚って」
「ああ、大丈夫だよ。とっくの昔になくなった話だから」
「………」
「シズちゃんも知っての通り、俺は龍と猫のハーフだ。でも妹たちと違って猫に生まれたからさ、せめて龍と番わせようとしたらしいんだよねぇ」

龍は数が少ない。臨也の両親は家の反対を押し切って結婚したせいもあって、龍を産む義務があった。
だが、臨也の場合は、

「手前が長男だからか」
「あー…いや、そういうわけじゃないと思うけどね。両親は反対してたし好きにしていいって言ってたから、俺は九十九屋と結婚する気はなかったし」

家督は妹たちが継ぐだろうしねと言った臨也は黒い尻尾を揺らめかせ、視線を窓の外へと向けた。
















ゆらりと尻尾を揺らめかせて。
臨也は再び視線を静雄に戻す。

「俺はさ、シズちゃん。龍に生まれなかったけど、それに対してはコンプレックスとかなかったんだよね」
「…まあ、そうだろうよ」

静雄の知る限り、臨也は自分が猫族であることに満足している。
龍の姿を持たずに生まれたことを喜んでいるふしさえあった。

「だけどさぁ」
「?」
「唯一の誤算が、九十九屋だったんだよ。まあ、あいつもどこまで本気なのかよく分からないから困るんだけど、あいつが望めば周りも無下にはできないわけ。うちの両親なんかは無視していいって言ったけど、他の親戚連中は銀龍に望まれるなんて光栄なことだって煩くてさぁ」

やだよねぇ、ああいう時代錯誤な連中。
くくっと喉の奥で笑って。
臨也は目を細めた。

「ま、俺が好きなのはシズちゃんだから、今度こそ諦めてもらうけどね」















静雄が帰った後。
臨也は窓からその背を見送りつつ、携帯を取り出して電話をかける。

「やあ、久しぶり」

電話越しの久々に聞く声に眉を寄せて。
小さく息を吐き出して。
「帰ってきてたなら教えてくれても良かったんじゃないの?」
そう不満げに口にしても、相手はのらりくらりとかわすだけだ。
この男は昔からそうだ。

「…ねぇ、九十九屋。今から会える?」

警告の色を混ぜた声音で切り出す臨也に、電話越しの相手――九十九屋真一は、楽しげに笑って了承する。
あの場所で待っていると告げられて、うん、と応えを返して。
臨也は、険しい顔をしたまま携帯の電源を切った。
















『それは…大丈夫なのか?』
友人思いな愛しの妖精の言葉――実際に発音されたわけではないが――に。
新羅はどうだろうね、と困った顔をした。
わずかに傾げた首と共に、黒く長い耳が揺れる。

「僕もそれなりに色々な種族に会っているつもりだけど、龍は会ったことがないからね。あ、いや…ないわけじゃないけど」

臨也の妹たちは龍だと知っている新羅は複雑そうな顔をした。
龍とは得てしてああいう種族だ。良く言えば個性的、悪く言えば癖が強すぎる。気まぐれで自由気まま、欲望の赴くままに行動し、他者を顧みない。そのくせずば抜けた才能の持ち主を輩出し、およそあり得ない多くの異能を有する種族。
少なくとも――、

「僕みたいなどこにでもいる平凡な兎族とじゃ比べ物にならないくらい、やっかいだろうね」
『静雄は、分かっているのか?』
「心配しなくても大丈夫だよ。静雄くんは俺なんかよりずっと良く彼らを知っているはずだし、それに」

心の底から心配しているセルティに苦笑して。
将来闇医者となる黒いたれ耳を持つ兎族は言った。

「臨也と静雄が組めば、大概のことは何とかなるさ」