ケモノの王様 1
※けもみみパラレル小ネタ連載。『けもみみパラレル』の続編です。









「おはよう臨也!」
「……今日も朝からテンション高いねぇ、新羅。…おはよう」
「だってセルティが毎朝見送ってくれるんだよ!?テンション上がらないはずがないよ!」
「アアソウデスカ」

どうでもいい。
うんざりとした顔をして臨也はゆらりと尻尾を振る。

「…眠そうだねぇ」
「春だから眠いの」
「いや、春だからって言われても」
「じゃあ猫だから」
「…それ、他の猫族の人に言ったら怒られるよ」
「どうでもいいよ。眠いのに変わりはないし」

そう言って、のんびりとした歩調で歩いていく臨也。
その後ろからやはりのんびり歩きながら、不機嫌そうな尾の動きを観察して。
新羅は仕方ないなぁと話題を転換した。

「僕らもいよいよ3年だね。時が過ぎるのは早いよねぇ」
「一年後には卒業だしね」
「君はともかく静雄はどうするのかな。進学、は考えてないよね」
「さあ、聞いてないし」
「…君ね」

興味ないと呟く相手に、新羅は溜息をつく。

「何?」

対する臨也は本気で興味がなさそうな表情である。

「仮にも婚約までしてるのに、それってどうなのさ」
「婚約とそれ関係ないし」
「いや、あるでしょ」

呆れた声を出すと、そこで漸く臨也は新羅の方を向いた。
黒い耳はまっすぐ前を向いていて、別に機嫌をさらに傾けてしまった様子もない。
それを裏付けるように黒猫はニヤリと笑った。そして、言う。

「関係ないよ。だって、シズちゃんが何の仕事に就いたって俺の方が稼ぎは上だろうし」

………。
ごもっとも。
そう思って、新羅はそれ以上その話題を続けることを断念したのだった。



※黒猫さんと一緒に登校中。
















「兄さん、おはよう」
「はよ」

くあ、と欠伸をして。
静雄は既に食卓についていた弟を見た。

「…はやくしないと遅刻するよ」
「ああ、そうだな。サンキュ」
「………」

くるりと向きを変えて顔を洗いに行こうとして。
ふと、幽の黒い尻尾が目の端に見えて瞬く。

――そういや、臨也のやつが「弟くんは黒狼なんだ」って言ってたな。

静雄は尻尾も耳も茶色だ。両親が黒と茶なので別に不思議はないが。

「…別に、茶色だっていいだろうが」
「なにか言った?」
「いや、なんでもねぇ。先、飯食ってていいぞ」
「わかった」

こくりと頷くのを確認し、静雄は今度こそ洗面所に向かう。
しかし、その頭の中に木霊しているのは臨也の「黒い狼って何かかっこいいよね」という言葉で。
洗面台の鏡に映る己の耳を睨み、静雄はもう一度呟いたのだった。

「別に茶色だって悪くねぇよな…」





「そう言えば兄さん、臨也さんに婚約指輪渡したの?」

牛乳を飲み込むタイミングで言われ、何とか噴出すのを耐えた静雄は向かいの席に座る幽を見た。

「…いや、そもそも、婚約指輪っているのか…?」
「あった方が牽制になると思うけど」
「………」

臨也さんもてるしね。
そう言われて静雄は確かに、と思う。

「………考える」
「そのほうがいいと思う」

頷く弟に感謝の言葉を述べて。
静雄はバイトしねぇとなぁ、と考えたのだった。



季節は春。
小さな騒動が起こるのはこの後すぐのことであった。















『龍』という種族がいる。
ごく一般的で数が多い犬や猫、兎の三大種族どころか、大型種のライオンや虎とも一線を隔する種族だ。
その数は極端に少ないが、彼らは他の種族が一部を除いてほぼ持ち得ない多くの特殊能力を持っていて。
そして、良くも悪くも彼ら自身が特殊な存在であった。



「そう言えばさ、臨也」
「なに?」
「君の従兄弟が今年入学する…っていうか、したってホント?」

新羅の言葉に、臨也はああ、と頷いた。

「本当だよ。竜ヶ峰帝人くんっていうんだけどさぁ、昔っから俺の何がいいのか知らないけど懐かれてるんだよねぇ」
「また随分すごい名前だね…」
「うーん……でも、本人はわりと普通だよ。面白いけど」
「…君に面白いと言われるってことはあまり普通じゃないてことだと思うけど」
「………」

新羅の言葉に含まれた毒に。
機嫌を降下させた臨也はふいっと視線を逸らす。
そして、窓の外、校門のところに見慣れた姿を見つけた。

「あ、」
「おや」

あと10分もすればHRが始まるというのに随分とのんびり歩いている静雄に。
臨也は小さく溜息をつく。

「新学期早々遅刻する気かなシズちゃんは」
「いや、一応HRまでにはつくと思うけど」

しかしそれにしても静雄の歩みは遅い。
何か考え事でもしているのか、今にも立ち止まりそうだった。

「あーもう、おっそいなぁ。…俺、ちょっと迎えに行ってくるね」
「あはは、健気だねぇ」

うっさい黙れと言い残して。
臨也は席を立ってさっさと教室を飛び出していった。
その背と揺れる黒い尻尾を脳裏に描き、新羅はうーんと小さく唸った。

「竜ヶ峰、か…」















「しーずちゃん、おはよう!このままだと遅刻だよ?」
「…あ?…ああ、おはよう」
「?…どうしたのさ?」
「………なんでもねぇ」

なんでもなくはないだろう。
目を逸らして言う静雄の様子に臨也は首を傾げた。

「悩み事?」
「………まあな」
「ふうん」

シズちゃんが悩み事ねぇ、と呟いて。
どうせ大したことではないだろうと臨也は軽く考える。

「とにかく早く教室行こう?」
「おう」

促して手をとって歩き出そうとしてから。
くるりと振り返って静雄に告げた。

「今日さ、俺の従兄弟が帰り一緒なんだけど良いよね?」
「従兄弟?」
「うん。だめかな?」
「別に構わないけどな………そいつ、男か?」
「え、男だけどそれがどうかしたの?」

静雄と幽の今朝のやり取りなど知りようもない臨也はなんでそんなことを聞かれたのか分からず不思議そうな顔をする。
それを見ながら、静雄は幽の言葉を思い出し。
ひとり眉間に皺を寄せたのだった。