4.これを可愛いとか思うとか、我ながら道を外れてしまった気がします。
※4話目。










「やあシズちゃん」

よくも散々逃げ回ってくれたね、と。そう声をかけた俺に。
シズちゃんはその長身を思いっきりビクリと竦ませた。
「っ、臨也」
恐る恐るという風に顔だけ巡らせて振り返ったその表情は、何だか粗相をしてご主人様に怒られる飼い犬みたいである。
何と言うか…まるで俺が苛めてるみたいじゃないか。
こっそり裏門から入ったシズちゃんの後をつけて昇降口で声をかけたのは、外へ逃げられないようにするためだ。
その意図に気付いているのかいないのか。そろりと足を動かして、シズちゃんは逃げ出そうと隙を伺っている。
臆病者。ついでに卑怯者。言うだけ言ってあとは逃げるだけとか、最低だねシズちゃん。

「逃げるな。逃げるなら絶交だ」

じりじりと動かされ、今にも駆け出しそうだった足が止まる。
…こんな子供の喧嘩レベルの言葉で止められるなんて、今までの俺の苦労は一体なんだったんだ。
そう大きく溜息をついて、俺はシズちゃんに向かって歩き出す。
一歩踏み出すたびに緊張の度合いが高まるのか強張るシズちゃんの体。
動揺し、うろうろと泳ぐ視線。
その様子から決して目を離さずに、俺は真っ直ぐ歩いてシズちゃんの前に立った。

「シズちゃん」
「…………」

この期に及んで目を合わせることも出来ない臆病者に、俺は内心呆れ返る。
俺に告白したあの度胸はどこへ行ったんだ?それとも何?まさか今更後悔してるとか?
…だったら、それこそ今更だ。今更なかったことになどしてやらないよ俺は。

「…シズちゃん、俺は」
「悪い!」

がばりと突然頭を下げてきたシズちゃんに、俺の言葉は中断された。

「逃げたのは確かに悪かった。でも、俺だってフラれてすぐに立ち直るのは無理だし、時間が欲しかったんだよ」
「――は?」

誰が、何時、シズちゃんを振ったって?

「あの、さ…シズちゃん。一つ訊いていいかな?」
「お、おう」
「俺、何時君の事振ったのかな?」

俺の言葉に、シズちゃんはきょとんとして首を傾げる。
なにそれ可愛い。…じゃない今はそれどころじゃないぞ自分。

「何時って、お前、だって…あの時、『俺とシズちゃんって友達だよね』って言った、よな?」
「ああうん、言ったね」

確かに言った。言ったけど…あれはそういう意味じゃない。ただの確認だ。実際、君、その後俺に『友達だけど、そういう意味で好きになっちまったんだ』って言ってたじゃないか。別に俺のあれは返事じゃないし…。
「シズちゃん、それただの早とちり」
ああもう溜息が出る。
え?え?なんて小さく言いながら戸惑いの目を向けてくるシズちゃんは、図体だけでかい子供みたいだ。
ホント、こんなのが好きだなんて。…思い直したほうがいいんじゃないか俺?

「あのねシズちゃん。それはただの確認。俺はまだシズちゃんに返事してないよ」
「………」

嘘だろ、と言いたげな顔をして硬直するシズちゃん。
そんな彼の首の後ろに手を回して、無駄にヒョロヒョロと伸びた長身をぐいっと引っ張って屈ませる。
ほとんどくっつきそうなくらい接近した顔はまだ状況を理解できてない様子だったけど、俺は迷わずその唇に自分のそれを重ねた。
ビクリと一瞬体が揺れたけど、でも引き剥がされはしなかった。
少しだけ離して、唇が触れ合う距離で囁くように言う。

「シズちゃん、俺はたぶん君が好きだ」
「………」
「いっぱい君のこと考えた。と言うか、ここ数日ほとんど君のことしか考えてなかった」
「………」
「シズちゃん、本当に俺でいいんだったら…って…シズちゃん、」

目の前の幼馴染の変化に。
俺は思わず言葉を途中で切ってしまう。
うるうると潤んだ目…というか、目尻に溜まり始めた涙。
何涙目になっちゃってるのさ。と脱力しつつ、それを可愛いとか思ってしまった俺は実は相当シズちゃんのことが好きらしい。
じわじわと胸を満たす暖かい感情は、たぶん愛とか恋とか、そう名付けてもいいもののはずだ。

「ああもう、男の子が簡単に泣かないでよ」
「…だって、」
「だってとか言わない。あんまり可愛いとまたキスしたくなっちゃうじゃん」
仕方ないなぁもうとか思っていたら、いきなり、腰を引き寄せられて口を塞がれた。
ちゅっちゅっと啄ばむようなキス。
繰り返される拙いそれが心地よくて、もっとと舌先でシズちゃんの唇を舐める。

「ん、ぅ、っん」

ぎこちなく応えて絡んでくる舌。
たぶんさっきしたのがファーストキスなんじゃないかと思われるシズちゃんのキスは、当然拙いけれど気持ちだけは十分伝わってきた。
何だか食べられているみたいな気分になるような、そんな口付けから開放される頃には、どちらの息もすっかり上がっていて。
ああここ昇降口だったっけと今更ながらに思い出して、夢中になり過ぎたことを少しだけ反省する。

「いざや、いざや」
「うん」

俺を抱き締めたままシズちゃんが俺の名前を呼ぶ。
そして、

「好きだ」

と囁かれて。
俺は耳障りのよい低音が紡ぐ告白に目を細めた。
最初の告白の時は感じなかった熱いものが胸を満たす。

「俺も、好きだよ」

答えた声は何故か震えていて、それを聞いたシズちゃんの腕に力がこもった。
好きだと何度も繰り返す声。
それを聞きながら、俺は満たされた心地で目を閉じた。












※実はシズ→イザで無自覚シズ←イザだったわけです。