にわとりとたまご、どっちが先でも結果は同じ
※なんでか学生時代の自分と入れ替わっちゃった臨也の話。24歳シズイザは付き合ってる設定。後編。










「…」
目が覚めたら、知らない場所にいました…ってのは、酒が入れば案外珍しいことではないのかもしれないけれど。
でもさ、でもだよ?…これはないんじゃないかなぁ。
そう思って、はあと溜息をついた臨也に。
何故か隣で本を読んでいた金髪の高校生――平和島静雄は顔を上げた。

「起きてたんならなんか言えよ」
「…おはようとか?なんで俺がシズちゃんなんかに挨拶しなきゃいけないのさ」
「……やっぱ手前、臨也だよな」

心底嫌そうに溜息をつかれて、内心ムッとする。
「…いや、まあ…そうだけど」
でもそれはないんじゃないの?と言ってやりたい。仮にも未来では恋人同士――しかも告白したのは静雄から――だというのに。
ジロジロと臨也の全身を見回す静雄。
それに何だとで視線で問えば、ふんと鼻を鳴らして、静雄は顔を逸らした。

「…悪かったな」
「?…なにが?」
「手前に、看板ぶつけただろ」
「ああ…っていうか、あんなことで謝られても」
いつももっととんでもない物をぶつける気で投げられているわけだし。
「別にいいよ。ところで、ここシズちゃんの部屋?」
「…ああ」

臨也は高校時代の静雄の部屋には入ったことがない。だが、適度に片付いて適度に物のある部屋に24歳の静雄との共通点が見出せた。
…シズちゃんこういうところは変わってないんだなぁと思いながら、臨也がゆっくり身体を起こすと、静雄も本を置いて立ち上がる。

「水、いるか?」
「あー…うん。もらうよ」
分かったと返事をして部屋を出て行く静雄の後姿を眺めて。
臨也は首を捻って静雄の行動に呆れ気味な声を出す。

「…いや、シズちゃん。水より先に俺が誰か訊こうよ」

折原臨也だと認識されてはいるらしいが、最初追いかけてきた時はどうあれ、今は先程の発言からして『高校生の』折原臨也だとは思っていないのだろう。ついでに言えば、親戚だという線ももう考えていないらしい。
うーん…と考えて、臨也は「シズちゃんの考えることってやっぱり分からないなぁ」と呟いた。

「分かんねぇのは手前だろうが」
「あ、おかえり」

開け放したままのドアから顔を出した静雄が唸るように言って、それから近づいてくる。
ほら、と渡されたコップを受け取って一気に飲み干して。
臨也は改めて静雄を見た。

「若いねぇシズちゃん」

視界に映る彼はまだまだ伸び盛りの頃だ。あまり身長以外変化がないのではと思っていたが、そうでもない。肉付きが薄いし顔もまだちょっと子供っぽい。
そう考えて、臨也はくすりと笑う。

「なんだよ…」
「いや、なんでもないよ」

喧嘩ばかりしていた頃――今も基本的に変わらず喧嘩ばかりだが――の静雄の姿に、なんだか懐かしさがこみ上げて。
同時に24歳の静雄を思い出した。あの性質の悪い男は、今頃17歳の自分に会っているのだろう。

「ああ、そうだ」
「?」
「シズちゃんって今、17歳だよね?」
「ああ。…手前は」
「24」
「………」
「信じても信じなくてもどっちでもいいけど、実際に俺は24歳の折原臨也だから。ついでに17歳のいたいけな俺は今頃24歳のシズちゃんに会ってるはず」
「…なんで24歳の手前がここにいるんだ?」
「さあ?」

ホラ吹いてんじゃないだろうな、と言わんばかりの静雄の視線だが、臨也にだって証明する方法があるわけではないのだ。
だが、現に自分はここにいて、17歳の自分は24歳の静雄に――

「あー…そうだった」

ついでにろくでもない事を思い出してしまったではないか。
自分がタイムスリップなどという体験をしたにもかかわらず、それを覚えていなかった原因。
忘れてしまいたいと思い、実際に忘れてしまっていた記憶。
せめてなにか報復したいなぁ、と考えて。
臨也は、ああそうだとニヤリと笑った。

「うん。そうだね、そうしよう」

うんうん頷く臨也に怪訝そうな表情をする静雄。
だが、臨也はもう思いついたことを実行することしか考えていなかった。
手を伸ばして、ぐいっと静雄の服を引っ張って引き寄せる。

「ッ!?」

ビクリと一度大きく跳ねた身体をそのまま硬直させて、静雄は目を見開いて臨也を見ていた。
「…ん」
唇に舌を這わせて、舌先で無防備なそれを抉じ開けて侵入して。
思う存分、まだあの独特の苦味のない口内を味わう。
と。
漸く状況に頭が追いついたのか、暴れようと静雄がもがいた。

「だーめ」
「〜〜〜〜ッ」

くすくす笑って、静雄の口内の弱いところを舌先で擽って、力が完全に抜けるまで貪って。
ぐったりと凭れかかるようになってしまった静雄に、臨也はようやく唇を離した。

「…っ…ふ……ぁ」

真っ赤になった顔ととろんと潤んだ目。
睨みつける気力もないのか荒い呼吸を繰り返すだけの静雄の背を撫でて、臨也は笑みを深くする。

「シズちゃんかーわいい」
「っ…うる、せぇ!」
「あはは、ねぇ、シズちゃんってこれがファーストキスでしょ?」
「…………」

ぷいっと顔が逸らされたことで、臨也はあの頃の自分の手に入れた情報は正確だったと確信する。

「…だ、だいたい…なんでこんなことすんだよ…」

ああこの頃のシズちゃんってまだまだ可愛かったんだなぁ、と思いつつ。
臨也は「さあ、なんでだろうね」とはぐらかした。
今頃比較にならないほどひどい目に遭っている高校生の自分を思えば、これくらいの意地悪は許されるだろう。

「ねぇ、シズちゃん」
「な、なんだよっ」
「君、いつから俺のこと好きだったのさ?」
「――――ッ!」
「はははっ、真っ赤だよシズちゃん」
「うるせぇ!!」
「可愛いなぁ」
「可愛くねぇ!」

怒鳴る静雄の表情を目を細めて、臨也はこの頃にはもう好きだったのかと考える。
高校時代から好きだったとは聞かされていたが、なんだか予想外だった。何しろ第一印象は最悪で、その後もろくなことをした覚えがない。どこに気に入る要素があったのか、いつどこで好きになったのか、非常に興味があった。

「シズちゃんって、ホントいつから俺のこと好きだったのさ」
「ッ…そもそも、俺は手前に好きだなんていってねぇだろうが!」
「うーん…そうだねぇ」

たしかに今はまだ言っていないよねと考える臨也に、静雄が警戒心も顕わな表情でさらに言う。

「手前なんか好きじゃねぇ!だから」
「俺は好きだよ?」
「は?」
「だーかーらー…俺はシズちゃんのこと好きだって言ってるの」
「嘘、つくんじゃねぇよ」
「ははっ、まあ嘘だろうが嘘じゃなかろうがどっちでもいいでしょ?シズちゃんは俺が嫌いなんだし?」
「ッ」

面白いくらい臨也の言葉に翻弄される静雄。
やっぱりこの頃のシズちゃんは可愛げがある。
そうニヤニヤしながら思う臨也は相当に性質の悪い人間だった。

「シズちゃん、俺ね――」
と、次のからかいの言葉を紡ごうとして。
臨也はあれ?と呟いた。
なんだか分からないが、なんとなく分かる。
つまり、そろそろ時間なのだ。

「シズちゃん、俺そろそろ帰るみたいだ」
「はぁ!?」
「いや、たぶんだけど、そんな気がするし」
「意味わかんねぇし、帰るなら勝手に帰れよ」

本気でそう思っているらしい静雄の言葉はかなり素っ気無い。

「ねぇ、シズちゃん」
「なんだよ」
「もう一回キスしようか?」
「しねえ!」
「えー、しようよ?記念だと思ってさ」
「何の記念だよ!?っていうか、からかうんじゃねぇ!」
「からかってないよ?」

怒鳴る静雄にニヤニヤ笑いを浮かべて言うと。
信じられるか!と叫ばれた。
どうやらすっかり警戒されているらしい。

「あーあ、もう」
可愛いんだから。と口にして、臨也は不意打ちで静雄の唇にちゅっとキスする。
まだまだ甘い。24歳の静雄にはもうない甘さだ。
隙だらけだねぇと言うと、悔しいのかそれ以外の理由なのか、顔を真っ赤にして睨みつけられた。
「〜〜〜ッ」
声にならない声で唸る静雄に。
臨也は小さな笑みを浮かべて、その名を呼ぶ。

「――じゃあね、シズちゃん」
「?」
「高校生の俺によろしくね」

どうせ伝えてくれないだろうと分かっていたが、一応そう口にした。
自分にはついさっきまで未来に行った記憶はなかったし、静雄からそんな話は聞かなかった。つまり、静雄は17歳の臨也にこのことを伝えなかったのだ。
だが、17歳の自分にしてみれば忘れたままでいたい災難の記憶であることだし。ま、いいか、と楽観的に考えて。
臨也はもう一度、じゃあね、と言って、過去の世界から消えたのだった。



***



――7年後の世界。

臨也は池袋の街並を眺めて、うん、と頷いた。
隣には、さっきまで17歳の自分といたのだろう静雄の姿がある。

「せめてさぁ、何か一言くらいヒントを残してくれればいいのにさ」
「知るかよ面倒くせぇ」
「最低だなぁシズちゃん」
「………」
「犯罪者」
「………」
「17歳ってまだギリギリ淫行罪適用の範囲内だって分かってる?」
「………」
「強姦魔」
「…ッだぁぁあああ!黙れノミ蟲手前が悪い!!」

怒鳴る静雄にうるさいなぁと文句を言って、臨也は首を傾げた。
「俺の何が悪いってのさ」
「手前があんなキスしてあんなこと言うから、諦めらんなくなったんだろうがっ」
「…それとこれは関係なくない?」
「あるんだよっ、思いっ切りなぁッ!」
「…えー…?」

どこに関係があるのだと臨也は首をますます捻る。…強いて言うなら、何故かそういう行為に酷い忌避感を感じるようになったのはあの辺りが境だったとは思うが…。

「まさか、シズちゃん…俺が誰とも付き合わないようにとかじゃないだろうね…」
「だったら悪いか」
「…………」

どんな独占欲だ。そう思うが、もう口に出すのも馬鹿らしくて。
臨也はああそう、と答えるだけだった。

「…あ、そういえばさーシズちゃん」
「あ?」
「俺、結局高校生の君から答え聞きそびれたんだけど?」
「?」

何を言われているのか分からないらしい静雄に、臨也はニヤリと笑った。
せめてもの仕返しだと考えて、絶対に静雄が答えないと知りながらも問う。

「ねぇ、君っていつから俺が好きだったのさ?」
「―――――ッッッ!!」

高校生の時とまったく同じ反応を返した静雄に。
臨也は、今度は声を立てて笑ったのだった。












※これにておしまい。