視線の絡む瞬間に
※お題『駆け引きの恋十題』より。連作シズ⇔イザ。









派手な音を立てて真横を通過していったゴミ箱に、臨也は一瞬ビクリと身を竦ませた。

「…シズちゃん、警告くらいしようよ」

くるりと振り返って言えば、いつも通りの静雄がいて。
臨也はそれにほっとした。
静雄の言葉に、一度だけだからと自身に言い聞かせて抱かれた日から5日。
次に会う時の静雄の反応が怖くて、どうしても出向かなければならない今日まで池袋に近づかなかったのだ。

「…ッ!」

やはり警告もなく投げつけられた看板を避ける。
しかし、いつもなら怒号が響くはずの状況だというのに静雄はやけに静かだった。
行動こそ普段と変わらずさらにピリピリとした怒りが伝わってきているというのに、だ。
臨也は首を傾げ、眉を寄せる。
違和感は、酷く、嫌な感じがした。

「…今日は、早々に引き上げるべきかな」

そうしよう、と決めた臨也の行動は早い。
一瞬後にはコートを翻して走り出す。

「ッ…手前ぇ!待ちやがれ!!」

ようやく聞こえた怒声は、しかし違和感を募らせる原因にしかならなかった。

「いぃざぁやぁぁああ!!」

後ろから追いかけてくる声に答える気はない。
結局、まだ臨也には面と向かって相対できるだけの覚悟が出来ていなかったのだ。
だから逃げる。
人ごみに紛れるか、それとも――。
そう考えた僅かな間が命取りだった。

「ッう、わ!?」

すれすれを掠るコンビニのものと思しきゴミ箱を回避するために、横にステップを踏む。
退路を選ぶタイミングを逃して、やむを得ず入り込んだ路地裏で。
臨也は小さく舌打ちして立ち止まった。

「…やあ、シズちゃん」
「手前ぇ…」

振り返った先の相手を睨めば、同じだけか、或いはそれ以上の強さで睨み返される。
お互いに顔色を窺いながら、じり、と足をずらし身構える。
だが、それ以上動けなかった。
警戒心に彩られた臨也の表情に、静雄が舌打ちする。

「おいノミ蟲、手前一体何度言ったら理解すんだ?」

池袋に来るな、とお決まりの台詞を吐いて様子を窺う相手に。
だが、それでも臨也の常とは違う種類の緊張は解けなかった。
あからさまなまでの態度がこの前のたった一夜の行為のせいであるということは静雄にも理解できたのだろう。
だが、その根本的な心情を理解できてはいないはずの彼は苛立ちのまま行動に出てきた。

「ちっ」

舌打ちと共に捕らえようと伸ばされた静雄の手を、ひゅっと空気を切り裂く音で阻む。
薙ぐように一閃されたナイフ。
明らかな拒絶の色を赤い瞳に込めて。

「触るな」

決定打の言葉を紡ぐ。
静雄が眉を顰めた。
怒りと苛立ちと戸惑い。そんな感情をない交ぜにした瞳が臨也を見据える。
視線は一瞬たりとも逸らされなかった。
お互い対峙したまま動かず、ただ、視線だけが絡みあう。

「…今日は喧嘩する気分じゃないんだよ。すぐ帰るから見逃してくれると嬉しいんだけど」
「ちっ、んなこと知るかよ」

そうは応えながらも、静雄は深く溜息をついて握っていた拳を解く。
臨也もゆるゆると身体の力を抜いた。


微妙な緊張感をはらんだまま。
二人はその日、お互い無傷でその場を離れた。












※たぶんもう、元通りになることは不可能だった。


[title:リライト]