「ちょ、待て、齧るな、……舐めるなー!」
※お題『組込課題・台詞』より。イザシズ。素直に食べたいって言っても食べさせてくれないくせに。









あのさ、と。
唐突に口を開いた臨也に、静雄はぎろりとその痩身を睨みつけた。


池袋のどこかの路地裏。
静雄と臨也は互いの動きに警戒しながら対峙していた。
ここに来るまで臨也はめずらしくも無言で、静雄は何を企んでいるのかと強い警戒を見せていた。


「あのさあ、シズちゃん」
「…なんだ?」
「いや、そこまで警戒しないでもいいんじゃない?」
「手前が得意の弁舌を振りかざさねぇってのが既にヤバイ気がすんだよ」
「……ひっどいなぁ」

そう言って苦笑する臨也は何の含みもないように見えるが、油断はできない。
散々な目に遭わされ続けた静雄の警戒は尤もで、十中十人が静雄が正しいと言ってくれるだろう。
そんな自身の数々の所業を棚に上げた臨也は、小さく苦笑して首を振った。

「今日は喧嘩しに来たわけじゃないよ」
「…今すぐ手前が池袋から出て行くなら、確かに喧嘩にならないかもなァ?」
「そうじゃなくて」

肩をすくめて、臨也は小さく邪気のない笑顔を浮かべて言う。

「今日はさ、恋人としてシズちゃんの顔を見に来たの」
「…は?」

目を瞬かせ静雄は目の前の相手を凝視した。
いや、聞き間違いではないし、別に臨也の言葉に訂正すべき箇所はない。
そう。誰にも言っていないが(言えるわけがない)、今から約二ヶ月ほど前から静雄は臨也と所謂“お付き合い”をしている。
話せば長いので省略するが、それなりの紆余曲折を経て彼らは互いの間にある感情が憎しみだけでないことを確認し合った。
それで今までの恨みが消えるわけではなかったし相変わらず池袋で出会えば喧嘩になるが、それでも二人は付き合っている。

「…わざわざ来なくても」

いいんだぞ、と続けようとした言葉は、軽い足取りで近づいてきた臨也によって遮られた。
もともとそれほど距離があいていたわけでもない。すぐに静雄の目の前まで来た臨也は目を細め手を伸ばしてくる。
敵意や害意を感じられないそれに黙って見ていれば、頬を撫でられた。

「シズちゃんって、結構淡白なんだねぇ」

溜息交じりのその言葉に、静雄は首を傾げる。
臨也の意図するところが分からずじっとその目を見つめると、くすりと苦笑された。

「俺はこんなにシズちゃんのこと想ってるのに、シズちゃんは俺なんて居なくてもいいんでしょ。寂しいなあ」
「あ、いや…そういうわけじゃねぇ、よ?」

居なければ居ないで鬱陶しくなくていいと内心思ったが、静雄は辛うじて否定の言葉を返す。
だが、うっかりついた語尾の疑問符に気付いた臨也は盛大に溜息をついて嘆くような仕草をした。

「あーあ…酷いなあシズちゃんってば。恋人が会いたいって言ってるのにそれはないんじゃないの?」
「…わりぃ」

『恋人』の言葉に、さすがに静雄も素直に謝る。仮にも付き合っている相手だ。会いたくないというのは酷いだろうと考えたからだ。
そんな人の良い静雄に、臨也は分からぬ程度に口角を微かに吊り上げた。ちょろいなぁと思っていることはおくびにも出さない。
そして、手招きされて静雄が少し屈んだ瞬間――。

がぶり。

そんな音がしそうな勢いで、臨也が静雄の首筋に噛み付く。
突然胸倉を掴まれ引き寄せられた静雄はまだ状況の把握ができていなかった。
その隙を狙うように舌が這う。軽く食んで、「硬いなあ」などと文句を言いながらまた舐める。
それが次第に首から上へ移動していき、頬からついに唇に到ろうとして。
ようやく静雄は我に返った。

「ちょ、待て、齧るな、……舐めるんじゃねぇ!」
「なんで?」

叫びながら顔を押しやる静雄に臨也は不満げに離れて。
それから、心底わからないという顔で問う。

「っ、なんでってッ」
「俺は齧りたいし、舐めたいし、それ以上のことだってしたいよ?」

そろそろ観念して抱かせてよ、とはっきり欲望を口にする臨也の目は真剣で。
すいっと頬を指先で擽られて、静雄が息を詰めた。
些細な、触れるだけの仕草だというのにぞくりと背筋が粟立った。

「い、ざやッ」

やめろと叫ぶ前に、臨也が身を引く。
ほっとしたような、だが物足りないような、そんな微妙な気分になった自分を静雄は今すぐ抹消してしまいたいと思った。が、すぐに考えを改める。
違うそうじゃねぇ。消えるのは俺じゃなくて目の前のノミ蟲だッ。

「ははっ、ざーんねん。今日こそ流されてくれるかと思ったのに」

くくくとさほど残念でなさそうに笑う臨也は軽いステップで静雄から距離を取る。
そのあまりに呆気ない行動に、静雄は先程とは違う種類の殺意が湧き上がるのを感じた。
クソ野郎が!本気じゃねぇんなら軽々しく言うんじゃねぇ!
怒りを煽る人を食った笑みに、静雄の中でぶちりと何かが切れる音がした。

「…いぃざぁやあぁぁぁ!!」

雄叫びを上げる。

「やべ」

「今日はもう帰ったほうが良さそうだね、じゃあねシズちゃんまた今度!」そう言って駆け出す臨也を追って、静雄も駆け出す。近くにあったゴミ箱を引っ掴み投げつけたが、それは避けられた。

「ちっ、待ちやがれ!ノミ蟲!!」

追いかける静雄の形相には既に先程の雰囲気は欠片も残っていない。
それを一瞬だけ振り返って確認して、臨也は小さく息を吐く。

「…ホント、残念」

ポツリと呟いた言葉は怒号に紛れ、誰にも聞かれることなく空気に溶けて消えた。












※セクハラです。イザシズだとこんなのばっかりになるのは、攻めだと臨也の矢印が半端ないせいだな…。
(イザ→→→→→←シズくらい?)


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