『クロネコ』後日談
※特殊設定。黒猫パラレル。オリジナル設定満載注意!黒猫を拾いました。後日談










俺は人間が好きだ。愛おしいと言い換えてもいい。
黒猫――折原臨也は、いつもいつもそう思っていた。
食料の源としてだけではなく、彼ら人間をとてもとても気に入っていた。
だから、彼は歴史の片隅で長らく人間を観察し続けてきた。
時には、誰か適当に見繕った人間を誘導して国を乱し滅ぼしてみたりもした。
人間の感情は他の生物に比べて浮き沈みが激しく一時たりとも同じ色をしていたためしがなく。
世界が自分に気付かないようにこっそり裏から、騒乱を呼ぶ不吉な黒猫は慌てふためく人間たちの様を愉しんできた。
長い長い間、そうやって一人で生きてきて…、今でも人間が好きなのは変わらないと黒猫は言う。
だが。それよりもずっとずっと面白くて愛しいものを見つけてしまったのだと、後に黒猫は同族に語った。










穏やかな午後の日差しの中でまどろんでいた黒猫は、かさりと紙が擦れ合う音に目を覚ました。
視線をやれば金色の後頭部が見える。
そう言えば今日の取立ては午前中で終わると言っていたか。そう思い、ん、と伸びをして臨也は身を起こす。
そして、視界の低さにあれ?と首を傾げた。

――ああ、いつのまにか元に戻ってたのか。

未だ安定しない変身能力に溜息をつく。


臨也は元々猫の状態が本来の姿というわけではない――ではどんな姿のなのかと問われれば、知らないと答えるしかないのだが。
臨也の属する種族は、もとより特殊な種族の中にあっても特に変わっていると言えた。
特定の姿を持たない不定形種族。かと言ってスライムとかそういう類というわけでもない。例えるならば影のようなもので他者と触れ合える姿を持たない彼らは必然他の生き物の姿を借りることになるのだ。臨也の場合それがたまたま猫だったというだけで、そこに意味などない。
ともあれ、臨也は猫が本来の姿ではなく現在はできる限り人間の姿をとるようにしている。
百年ほど前にある一件で失った力が大きすぎて完全な人型になることはできないが、日の大半はその姿を保てるようになってきていた。
静雄に出会った当初はそんな力さえなかったのだから大した進歩だと言えるが、臨也としてはまだまだ納得のいくレベルではない。


僅かに意識を集中させ、臨也はその姿を人型に変えた。――ちなみに服も変身と同様の過程で作り出せるので裸ということはない。
振り返って自分の背中を見れば、ゆるりと長い尻尾が揺れる。

「これはないよねぇ」

猫耳と尻尾。
今の臨也についたオプションは、成人男性についているには若干…というよりかなり微妙だ。
思わずまた溜息が漏れる。

「まあしょうがないか」

そう言って、猫の時同様に足音を立てず静雄の側まで歩く。
そのまま無防備な背中にぎゅっと抱きついた。

「おかえり、シズちゃん」
「おう、ただいま」

首に巻きつかれた静雄が視線だけで臨也を見て、頭を撫でる。
優しく撫でる手が心地良くて、猫扱いで微妙だと思いつつも臨也は文句を言わなかった。
耳の付け根からのど、また頭と撫でられて、ついくるるとのどが鳴ってしまうのは仕方ない。
優しい手に甘やかされて目を細める。


臨也は現在、この平和島静雄という人間に拾われ飼われている。
彼は臨也から見てもかなり変わった人間で、臨也は少なくとも今までこういうタイプにはお目にかかったことがなかった。
とは言っても別に性格が変だというわけではなくちょっと体質が変わっているというだけで、臨也から見れば誤差の範囲に過ぎはしない。
よって、臨也にとって重要なのは、彼が優しい人間でそして自分が彼を好きだということだけだった。


「それ消えねぇんだな」

それと指されているのは今静雄が触っている大きな三角の、黒い毛皮に覆われた耳で。
そうだねぇ、と臨也は苦笑した。

「これ以上は無理かなあ。たぶん耳と尻尾は消えないよ」

そう答えれば、静雄は「そうか」と短く返す。その間も撫でる手は止まらない。
似合わないかと問えば、いや悪くないと言われ、臨也はシズちゃんって猫耳萌え?と口には出さないが首を捻った。

「俺は銘を失くしちゃったからね。たぶん二度と昔みたいな力は持てないし、完全な人型にもなれないよ」

静雄が臨也に良質の食料――もちろん感情の波だ――を与えてくれるおかげで、ここまでは変化できるようになった。
だが、これ以上の変化は銘を持たない臨也には無理で。
臨也は失った力を惜しいと今まで思ったことはなかったが、静雄が嫌なら何とかしたほうがいいかなあと考える。

「別にいいだろ。その耳と尻尾、俺は嫌いじゃねぇよ」
「…ならいいけどね」

それが本心からの言葉だと分かるから嬉しい。
臨也は抱き締める腕に力を込めて、「俺シズちゃんが好きだよ」と囁いた。一瞬止まった手が静雄の動揺を表していて、笑う。
それにムッとしたらしく、手が気まぐれに揺れる尻尾に伸びた。臨也はひょいとそれを逃がし、ついでにびしりとその手を叩いてやる。
静雄の顔が不機嫌そうに歪んだ。

「…手前は絶対猫の方がかわいいな」
「なにそれムカつく」

ムカつくが、そう言うならまあいいか。
カメラの視点を切り替えるように意識を切り替えて、臨也は次の瞬間には黒猫の姿に戻る。
すると、

「なに猫になってんだよ」

何故か文句を言わた。

「なんで不満そうなのさ。君が猫がいいって言うからわざわざ戻ったんだよ?」

静雄の肩に乗った状態の黒猫は何が悪いと憤慨する。
「仕方ねぇ奴だな」と静雄が聞き捨てならないことを呟くがそれに文句を言う前に手が伸びて来て、臨也はひょいと持ち上げられてしまった。
軽い小さな黒猫は、そのまま静雄の腕の中に強制連行される。
一体何だって言うんだ。
睨む臨也に、静雄は小さく苦笑した。

「人間になれよ」
「なんで」

シズちゃんが猫のがいいって言ったくせに。
そう抗議するように小さく唸れば、臨也の額にそっと触れるだけのキスが落とされた。
毛皮を纏う猫の姿では唇の感触までは感じられなくて、少し残念だと思う。

「猫のまんまだとキスできねぇだろうが」

………。
ずいぶんとかわいいことを言われた気がする。
ぽかんと間抜けな顔を晒す黒猫を撫で、静雄はもう一度促してくる。

「…かわいいなあ、シズちゃんは」
「別にかわいくなくていい」

不満げな声に笑って人型に戻れば、ちょうど抱きかかえられて静雄の膝に座る体勢になる。
視線が絡み、臨也が甘えて額と額をぶつけてみれば、キスされた。
ちゅっと音を立てて離れた唇を追って、舌先で舐める。

「こら」

悪戯を咎める声と裏腹に柔らかく背を撫でる手。
臨也はくるると喉を鳴らして全身の力を抜いて静雄に体重を預けた。
ゆるりと揺れて逃げる尻尾を静雄の手が捕まえる。
「毛並みが乱れるから尻尾はイヤだって言ってるのに」と文句を言うが、静雄は触り心地がどうとか言いながら弄っている手を止めない。

――まあいいか。

なんだかとても満たされた気分で、臨也は静雄の手に身を委ねて目を閉じた。










俺は人間が好きだ。愛おしいと言い換えてもいい。
黒猫――折原臨也は、いつもいつもそう思っていた。そして、今でも人間が好きなのは変わらない。
だが、それよりももっとずっと、臨也はこの平和島静雄という人間が好きになってしまった。
だから、もうそれだけでいいんだよ俺は。
そう、長い長い時をひとり放浪した黒猫は笑って言う。












※これにて本当に終了!こんなアレな俺得設定にお付き合い下さりありがとうございました!
黒にゃんこカップルは甘々。砂吐きそうなくらい甘々と念じながら書いてました。死ぬ。