「すきすきすきすき〜って、百回心を込めて言ったら許す」
※お題『組込課題・台詞』より。前々回拍手の酔っ払いネタの臨也ver.。無意識シズ⇔イザ。臨也さん別人警報。この酔っ払いマジでうぜぇんだが…殴っていいか?









「いや、ありえねぇだろ」

ぽつりと呟いた静雄は、自身の腹に抱きつくそれを見下ろした。
黒く艶やかな髪に白皙の肌。とろりと潤んだ赤の色の強い瞳。眉目秀麗という言葉の似合う整った顔。
そう。これは紛れようもなく静雄の高校時代以来の仇敵、折原臨也だった。
どこをどう間違った結果か、その仇敵であるはずの折原臨也が静雄に抱きついて懐いている。
その顔は普段の人を見下した笑みでなく心からの笑みを浮かべていて。
静雄は背筋に悪寒が走るのを止められなかった。

「おい、臨也」

呼びかけるが、んーと間延びした声が返ってくるだけだ。
そもそも、鳴らされたチャイムに確認もせずに出たのが拙かった。
ちょこんと開いたドアの前に立ち、満面の笑みを浮かべた臨也に静雄が一瞬硬直した隙。
その隙に、臨也は静雄に抱きついたのだ。
慌てて引き剥がそうとして、相手から漂う独特の臭気に気がついた。
もちろん酔っ払い――ましてや臨也だ――を介抱する気などなく構わず引き剥がそうとした時、階段を上がる足音がして。
見られては拙いと急いで臨也ごと玄関の中に引っ込んだ。
そして、今に至る。

「臨也、手前いい加減正気に戻れよ」

いくら静雄でも前後不覚の酔っ払い相手に暴力を振るうのは気が引けて、ただじゃれ付いてくるだけの臨也を引っ付かせたままだ。
満足そうに抱きつく相手は未だ正気に返る気配はない。
とにかくこのままというわけにもいかないだろうと、臨也を張り付かせたまま移動しようとする。が…。

「…おい」

ぺしょっ、とかそういう擬音が似合いそうな感じで、臨也が床にへたり込んだ。
そのままころりと床に仰向けに寝転び、静雄を見上げる姿は本当にありえないくらい無防備だった。
このまま寝かしておくわけにもいくまいと足を止め、ついつい仏心を出して手を差し伸べてしまう静雄はかなり人がいいのかもしれない。

「おい臨也、起きろ。んなとこで寝たら風邪引くぞ」
「んー…いたい」
「あ?」
「手、すりむいた、みたいだ」

とろんと潤んだ目で自分の前に広げた手を見て、臨也は緩慢な動作で首を傾けた。
しげしげと眺めている様子は、正直いつも以上に何を考えているのか分からない。
静雄はこれどうすればいいんだろうな、と溜息をつく。
おそらく臨也は泥酔状態だ。よって、自分の行動を理解などしていないだろう。
そう結論付け、ひょいと軽い動作で臨也を抱き起こす。

「消毒してやるから来い」
そう告げると、かくんと首を傾げて臨也は静雄を視界に映した。
「あれ?…なんでシズちゃんがいるの?」

………。
ああもうこいつ外に放り出してもいいだろうか。
そんな思いが脳内を過ぎる。だが相手は酔っ払いだ。殴りたい衝動を深呼吸で散らして、静雄は問答無用で臨也を担ぎ上げる。

「しずちゃん?」

暴れるでもなく大人しく担がれる臨也は絶対に状況を理解していない。そう静雄は確信した。

「大人しくしてろよ。暴れたら投げるからな」
「いいけど、どこいくの?」
「部屋の中に戻る。手前の手も消毒したほうがいいだろうしな」

そう言えば、臨也はあれ?とまた呟く。
今度は何だと思いながらも到着したローテーブルの前に臨也を下ろそうとして、静雄は「ん?」と首を捻った。
ぺちぺちと何の痛みも感じないくらいの力で、臨也が静雄の背を叩いているらしい。
アルコールのせいで力の入らないその攻撃(?)に、なんだと聞けば、不機嫌そうな声が返った。

「しずちゃんのばか」

………。
やっぱり放り出してもいいだろうか。
溜息をつきつつ肩から下ろして座らせれば、「むー」と唸られた。

「いたい…しずちゃんのせいだ」

支離滅裂だ。いや、こけた責任の一端は静雄にもあったが、だが別に静雄のせいではない。
臨也が酷く不機嫌な顔で睨み上げているが、ちっともいつもの苛立ちが沸いてこないのはアルコールで潤んだ目のせいだろうか。
まだ文句を言っている臨也をとりあえず無視し、静雄は救急箱――前に新羅に渡されたものだ――を手に取る。
臨也の前に戻り擦り剥いた方の手を取って確認。「ああ大したことねぇな」と言いながら箱の中身を漁った。
消毒液を吹き掛ける間も舌の回っていない文句は続く。

「他には怪我したとこねぇな?」
「んー?」

訊けば、こてんと首を傾げられた。
傾げたまま、じっと見つめる赤い瞳に無意識に動きが止まった静雄は、自分の行動に疑問を持つ。
だが、己の行動を深く突き詰める前に相手が口を開いた。

「しずちゃん」
「なんだ…」

じっと目を見つめたまま、臨也がにっこりと笑う。

「すきすきすきすき〜って、百回心を込めて言ったら許してあげるよ」

…………。

「あ"?」

なんだかとんでもないことを言われたよな、今。
ビシリと固まる静雄に、臨也が駄々っ子の表情で言う。

「だーかーらー、すきすきすきすき〜って、百回心を込めて言ったら許してあげるって言ってるの!」
「何だその拷問は!?」

思わず叫んだ。酔っ払いの戯言であっても冗談ではなかった。
なんでそんなこと言わなきゃいけないんだと憤る。
だが、そんな静雄に臨也は満面の笑みを浮かべたままだ。

「ごーもんじゃないよ、誠意をみせろって言ってるの」
「何の誠意だ!?」

相手にしなければいい話だというのに、静雄は律儀に付き合ってしまう。
第三者が居れば冷静に突っ込んでくれただろうが、生憎ここには静雄と臨也以外には誰も居なかった。

「ね、しずちゃん」
「今度はなんだ!?」
「俺ね、しずちゃんのこときらいだけど、でも、きらいじゃないよ」

衝撃的な台詞を吐き出し、臨也はぎゅうと静雄に抱きついてくる。
対する静雄は完全に固まっていた。
頭の中を一瞬で過ぎた感情が何かを理解する前に、突き詰めてはいけないと、そう本能的にブレーキをかける。
そしてその一連の無意識の思考に気付かぬまま、静雄は首にぶら下がるようにして抱きつく臨也の背を見下ろした。
この酔いが回って無防備な天敵はたぶん自分が抱きついている相手が誰なのか本当は分かっていないはずだ。そう考える。

「しずちゃん、聞いてる?」
「…………この、酔っ払いが」

無意味だ。時間の無駄だ。これはただの酔っ払いの戯言だ。
そう結論付け、静雄は考えることを放棄した。

「しーずちゃん」
「………」

ぎゅうぎゅうと抱きつく生き物はまだ離れるつもりはないらしい。

――とりあえず、うぜぇ。

心中で呟くが無理に引き剥がす気にもなれず。
静雄は大きく溜息をついて、遠い目をした。












※酔っ払い話その2。もちろん臨也は覚えてません。…これで二人ともお互いを意識すればいいんだ。


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