愛を込めてのミスリード
※お題『駆け引きの恋十題』より。連作シズ⇔イザ。それが俺たちなのだと思い知らされた。








臨也が静雄にプリンを渡してからほぼ一週間。
池袋はめずらしくも平和だった。
自動販売機が宙を舞うことも標識が捩じ切られることもなく…多少の些細な諍いはあったとしても…平和そのものだった。











「あの野郎…」

静雄はイライラしながら煙草を吸っていた。
今は昼の休憩の一服でさえ静雄の気を静める役に立っていない。

「ああクソッ!!」

怒鳴ったところで溜まったストレスが発散されるはずもなく、静雄はギリギリと奥歯を噛み締めた。
臨也の姿が見えない。その歓迎すべき状況で苛立つ自分に余計腹が立つ。
このところちょろちょろと池袋をうろついていた臨也が、あのプリンの一件以来パタリと来なくなった。
仕事が忙しいのかもしれない。いやそうに決まっている。
脳内で臨也が池袋に来ない理由を考えている自分に、静雄はまた苛立ちが強くなっていくのを感じた。
その根底にある原因はわかっている。あのプリン…見逃した礼とやらだ。
考えてみれば臨也らしくない行動なのだ。静雄を嫌う臨也が毒が入っているわけでもない食物を渡すなど、普通に考えてありえない。
人間は愛しているが怪物は愛せないと言う臨也が何故。
考えて、静雄の頭が出した推論は笑えないものだった。

「は…冗談じゃねぇ…」

もし、何らかの理由で、臨也が静雄を他と同じ『人間』という括りに入れてしまったら。
もし、そんなことがあったとすれば、臨也は静雄個人への興味を失うかもしれない。
万に一つ、もしそんな何かがあったとしたら。
想像して、それだけで静雄は心臓を引き絞られるような痛みを覚えずにはいられなかった。

「…くそっ、…んで来ねぇんだよ…」

呟く声も、小さくしぼんで悲壮ささえ感じさせるもので。
静雄は苦しげに息を吐いて、空を見上げる。

「あっれ、シズちゃん?そんなとこでどうしたの?」

背後から軽い声が掛けられた。
よく知った、聞きたいと切望した声。それに勢いよく振り向く。
視界に収まる黒い人影。

「臨也、」

なんというべきか、静雄は迷って結局言葉を続けられなかった。
それを訝しむように、臨也は首を傾げ目を細める。

「シズちゃんどうしたの?いつもみたいに池袋に来るんじゃねぇとか言わないの?っていうか、別に池袋はシズちゃんのものじゃないのに横暴だと思わない?あ、思ったから何も言わないとか?…そんな訳ないか。じゃあ、何か変なものでも食べたとか?それなら新羅のとこ行ったほうがいいと思うよ。まあ俺は君がその辺で野垂れ死んでも全然困らないけど。むしろ大歓迎」
「煩えノミ蟲、少し黙れ」
「おや、人が親切で言ってやってるのに失礼じゃない?」

ぺらぺらとよく回る口を動かす相手を睨み、静雄は深呼吸して口を開いた。
臨也の態度は一週間前と変わらない。懸念はほぼ解消されている。だが、聞いておきたかった。

「手前なんでこっちに来なかったんだ?」
「…は?」

間抜けな声を出した臨也が首を傾げる。

「なんでって忙しかったんだけど。しがない借金取りのシズちゃんと違って売れっ子の情報屋さんな俺はいっつも忙しいの」
「…そうかよ」

嫌味ったらしい言葉が返るが、静雄は安心した。
例えそれが嫌いという感情であっても、臨也が自分をいまだに『特別』にカテゴライズしているということに心底安堵していた。
普段ならとっくに何かが投げられたりしているはずの状況で、二人の間に沈黙が落ちる。
いつもよりはるかに反応が大人しい静雄を不審に思った臨也が首を捻って口を開いた。

「なに?心配してくれたとか?」
「………んなわけねぇだろ」
「だよねえ。安心した!この前も思ったけど、シズちゃんに心配されるとかやっぱり気持ち悪い」

ケラケラ笑う臨也は、だが目が笑っていなかった。
真剣に静雄の感情を探ろうとしている目だった。
そして、今の静雄にとってトドメになる台詞が吐かれる。

「俺、シズちゃんのこと大っ嫌いだからさ」


――ああ知ってるさ。

ギリと奥歯が軋む音がする。
突きつけられる事実が予想以上に痛くて、静雄は悟られぬように怒りに見せかけて眉を寄せた。
知っている。わかっている。それでいいと一週間前の自分は思っていた。
なのに今、胸が痛くて仕方ない。気持ちが挫けて蹲りたい衝動を堪えて、静雄は相手をを睨み虚勢を張ることしかできなかった。
そして、痛みに気をとられて、相手の表情の一瞬の変化を見落としてしまった。
ほんの一瞬の些細な変化。切なげに細めた目と縋るような眼差しを、見落としてしまったのだ。

「…俺と君は敵だよ。心配とかそんなもの必要ないでしょ?」
(だから俺だけを見ててよ。俺を見て真っ直ぐ全力で殺しに来てよ。)

臨也の言葉が静雄をどう誘導しようとしているのかも、彼は気付けなかった。
変化を恐れて今を維持するための言葉は、ただ額面通りに受け取られる。

「…そうだな。そうだった」

それだけが、二人を繋ぐものだった。
静雄はこの関係が変わると思えないと、この気持ちが通じることはないと、そう思っていた自分を思い出す。
胸の痛みは変わらずとも、敵である限り臨也は自分を全力で潰しに来る。そうわかっているから、静雄は臨也を追い続けていたのだ。

「…手前の心配するなんざ、どうかしてたぜ」
「だよねぇ。まさかあのプリンくらいで絆されちゃったとか言うのかと思ったよ。それはそれで面白いけどさ」
「ああそうだったな。あのプリンはうまかったぜ」
「…うん?」
「この前感想よろしくって言ってただろうが。まあそういうわけだ。感想が聞けて満足しただろ?じゃ死ねよ」
「うわ、覚えてたとかありえないよシズちゃん。律儀すぎ!」
「うるせぇ!いますぐくたばれノミ蟲野郎が!!」
「あははっ、嫌だね!シズちゃんこそ死ねよ!」



挑発し挑発されて殺し合う。それだけが二人を繋ぐものだと。
誤った方向に導かれたとも気付かぬまま、静雄は池袋の街を天敵の姿を追ってひた走る。












※くっつける方向に持っていこうとして何故かこじれました…。あれ?


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