『クロネコ』3
※特殊設定。黒猫パラレル。オリジナル設定満載注意!オリキャラ注意!黒猫を拾いました。3










『影を操る黒猫?』

PDAの文字を読み、静雄は頷いた。

「ああ、そうだ。何か知らねぇか?」
『あの時の猫が、それなのか?』

考え込むような仕草の後、そう打ち込んだセルティに首を傾げ、問う。

「そうだが…どうしたんだ?」
『静雄。気分を悪くさせてしまったらすまない。だが、早くその猫とは離れたほうがいい』
「…なに言って」
「ちょっとセルティ?一体どうしたんだい?」

傍観していた新羅まで口を出すほど焦った様子に、静雄は眉を寄せ続きを促した。

『…お前が猫を飼ってなんだか嬉しそうだったから私も良かったと思っていた』

『だが、その猫が本当に影を自在に操るのなら、話は別だ』

強い焦燥を示すように素早く綴られていく言葉。
静雄は黙ったまま続きを待ち、新羅は興味深げに問うた。

「どういうことだい?」
『私の記憶も完全ではないからはっきり覚えているわけではないが、その猫はたぶん――』

続けられた言葉は、そこそこの衝撃を静雄に与えるものだった。












「シズちゃん少しは寂しがってくれるかなあ…」
ゆっくりと夕暮れの街角を通る寂しげな黒猫の呟きを聞くものはいない。
影から伝わるざわざわと騒々しい感情の波を適当に喰らいながらひたすら前に進む。
この街を出てどこか遠くへ。
それが、臨也が静雄にできる精一杯の恩返しだった。
『  』が臨也を見つける前に。
そして、臨也を追う敵が臨也の姿を補足してしまう前に。












日が落ち薄暗い路地裏をとぼとぼと歩く黒猫の耳に、カツンと響く足音が聞こえた。

「ああ、やっと見つけた。探しましたよ」

聞き覚えのある足音とその声に、臨也は顔を上げる。小さな黒猫の視界に映る声の主は若い男の姿をしていた。
間に合わなかったか、と臨也はぼんやりと思う。

「…ずいぶん遅かったね」

発したその声音が自分の思う以上に沈んでいて、臨也は困ったように苦笑した。
思う以上に、静雄から離れる寂しさは心を蝕んでいるらしい。と、弱くなった自分を嘲笑う。
それをどうとったのか、男は静かに喋り始めた。

「まったく貴方ときたらずいぶんと厄介なところに潜り込んでいましたからね」
「………」
「平和島静雄、でしたか?人間にしてはずいぶんと変り種のようじゃないですか」

声の調子が気にいらなかった。静かなのに酷く癇に障る喋り方をする男に、臨也は毛を逆立てて唸る。

「シズちゃんに手を出したら許さないよ」

威嚇は一笑に付された。

「ご安心を。我々はただの人間には手を出しませんよ」

くつくつと楽しげに笑う男は余裕だ。今の臨也が決して男に勝てないことを理解しているがゆえの余裕に、舌打ちする。
何度も攻撃を受け追われ傷を負い、逃げ込んだこの街で臨也は静雄に拾われた。
ひとつの場所に長居できない臨也は、静雄の存在がなければとうの昔にこの街を離れていたはずだった。
一目見た瞬間から何故か臨也にとっての静雄は離れ難い存在で。それ故にこの男に追いつかれてしまったというのに、臨也は静雄の存在を疎む気持ちが生まれないことにため息をつく。そして、「ここまでかな」と小さく呟いた。

「お前たちは信用に値しないよ。…平和島静雄には手を出さないと誓え、狩人」
「ふふ。ずいぶんと気に入ったようですねぇ。そんなに美味しかったですか彼は?」
「黙れ」

誓わせないことには安心できなかった。誓いさえ立てさせれば『狩人』であるこの男はそれに縛られる。男がそういう生き物であると知っているからこそ、言質を取るまで臨也は死ぬわけにはいかなかった。

「おや、逃げないのですか?銘を失い人型すら取れない今の貴方が私に勝てるとは思えませんが?」
「逃げたいのは山々だけどね」

ホントさっさと逃げたいのに最悪だよ。
言われた通り、臨也は決してこの男に勝てない。それどころか今の臨也には目の前の男から逃れる力すら残っていないのだ。だが、それだけは悟らせるわけにはいかなかった。
低く唸り、ゆるりと足元の影を揺らめかす。
しかし男は臨也の精一杯の威嚇にも動じる様子はない。にやりと下品な笑みを浮かべて口を開き、
「逃げないのなら、ここで終わりにしましょう?」
そう言って一歩踏み出した。
臨也が剥き毛を逆立てるのを馬鹿にした目で見るのが最高に不愉快で。
せめて一矢報いてやる。そう決意し、臨也がぐっと身を縮めたその時。

「――ぐ、がッ!?」

男は宙を舞った。比喩ではなく、現実の現象として。
さすがにこれには臨也も唖然として、転がりビルの壁に激突した男を見つめる。
ぴくぴくと痙攣しているところを見ると死んではいないらしい。だが、起きられるほど小さなダメージではないだろう。捻じ曲がったままの身体は、ひょっとしたら腰椎が外れているんじゃないだろうかと、臨也は冷静なまま考えた。
そして、
「…これはすごいなあ」
常識よさようならって感じだね。そう思いながら、黒猫は男が吹っ飛ばされた方向とは逆、つまり通りへと繋がる方を見る。
こんなことができる知り合いはこの街には一人しかいなかった。
視線の先、予想通りそこには会いたくて、でも会いたくなかった人がいた。

「やあ、シズちゃん」

街灯の光を背に佇む影に話しかける。
対する声は苛立ちと怒りに満ちていた。

「臨也手前」
「ストップ、シズちゃん。俺は」
「うるせぇうぜぇ」
「…まだ何にも言ってないよ」

会話が成立しない。臨也はぱたりと尾を揺らして困った声を出す。
それをどう思ったのか、静雄は渋面を隠すことなく臨也を睨みつけた。

「手前はっ…ちっ、クソッ」
「シズちゃん?」

舌打ちしどかどかと足音を響かせて近づく静雄に、臨也は逃げることもできず戸惑いながら相手を呼んでみる。
また舌打ちが聞こえ、静雄の手が伸びて臨也の首根っこを引っ掴み、吊り下げた。

「ちょっ、なにすんのさ!?」
「うるせぇ」

あまりの仕打ちに…なにしろただの猫扱いだ…叫ぶが、静雄はじろりと睨むだけで手を離す気はないらしい。
目線の高さまで持ち上げられて、憤りよりも後ろめたさを強く感じた臨也は思わず視線を反らした。

「人の意見聞きもしないで出て行くとかどういう料簡だ?アァ?何様のつもりだ手前?」
「…だって」

どう説明すればいいのだ。自分のことはできれば語りたくない。語って静雄に嫌われたら、たぶん本気で苦しさで死ねる気がするのだ。
臨也は耳を伏せ視線を反らし続ける。そんな黒猫に、静雄は大きくため息を吐いた。

「セルティから手前のことは聞いた」

ビクリと反応し恐る恐る静雄を見る臨也はただの怯えきった子猫のようにしか見えない。
そう思いながら、静雄は言葉を続けた。

「手前が相当たちの悪い化けもんでいろんな奴から命狙われてるとか、…あー…」
言いよどんだ言葉は、臨也が自嘲気味に継ぐ。
「世界が俺を消そうとする、とか?」
「…ああ。そういうの、聞かされた」
事実だ。世界の整合性のために、あまりに突出した異能は異物として消される定めにある。
そういうものだと臨也は理解していた。だから、諦めとともに逃げ続ける人生を送ってきた。

「聞いたのになんで来たのさ」

問う声に力はない。あの妖精がどこまで話したかはわからないがおそらく悪行の大半は知られてしまっていると考えたほうがいいだろうと、臨也は諦め半分に自嘲した。今更ながらに昔の自分になんであんなことをしたのかと問い質したくなる。…もちろん面白そうだったからだとわかっていたが。

「来ちゃ悪りぃのかよ。てか、どうでもいいだろ。今の手前はもうそういうことしてねえんだろ?」

どうでもいいと言い切られて、臨也は目を見開いた。いや、どうでもよくないよ普通。そう思うのに、言葉が出ない。
告げるべき言葉を探ししばらく迷った後、臨也は呟くように先程の問いに対して言葉を返す。

「…ここ半世紀くらいはだけどね」
「なら、いい。これからもするなよ。そうすれば世界とやらの方はどうにかなるんだろ?」
「…まあね。でもさ、どっちにしろ追っ手は来るよ。俺は人間の敵だから」

遠い昔から人間社会を裏から操り散々引っ掻き回してきた。手を引き半世紀を経た今も臨也に恨みを持つ者はいて、彼らは人間を弄ぶ臨也が存在することを決して許しはしないだろう。だから、臨也は静雄の側にいられないのだ。

「そんなもん、その度にぶちのめせばいいじゃねえか」

臨也の懸念を汲んだかのように、静雄がまるで世間話でもするみたいに言う。
首根っこを持たれ吊り下げられたまま、臨也は戸惑うように視線を揺らした。

「…君は、暴力は嫌いなんだろ」

期待させるなと言外に滲ませる。
暴力を嫌う静雄の平穏を乱すのは臨也の本意ではないのだ。だから離れようと思ったのに何故この男は引きとめようとするのか。

「嫌いだが、手前は俺が拾ったもんだからな。拾った以上最後まで責任は持つ」

そんなことを言われれば決心が鈍るじゃないか。そう思いつつ、臨也はわざとらしくため息をつく。

「律儀だねぇ…」
「うるせぇ」

臨也を見つめる目は真っ直ぐで澄んでいて。どうしようもなく愛しく感じて、臨也は尻尾を僅かに揺らした。

「馬鹿だよ、君。騙されてるんだったらどうするの?俺はシズちゃんを利用しようとしてるだけかもしれないよ?」
「かもな。でもいい」
「……」
「騙されてやるって言ってんだよ、馬鹿猫」
「君にだけは馬鹿って言われたくないな」

優しい笑顔で諭すように言われて、臨也は「シズちゃんのくせに」と呟く。
負けだ降参だ。ここまで言われれば元々離れたくない臨也は白旗を上げるしかない。
俺の悲壮な決意はどうなるのさ。そう心の中だけで呟いて。
なんだか悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなって、臨也は小さく唸って考えることを放棄した。
臨也の諦めを感じたらしい静雄が勝ち誇ったように笑うのがなんだか悔しいが、尻尾をぱたりと振るだけで文句は言わないでおく。
代わりに、とりあえずいい加減痛みを訴える首が気になるのでいつまでもぶら下げたままは止めて下ろせと要求する。
それに、静雄は「仕方ねぇ奴だな」と零した。
意味がわからない。理不尽だ。そう思った臨也がそれを口にする前に、静雄は行動を起こす。
ふわりと柔らかく優しく、臨也は静雄の腕の中に抱えられてしまう。

「臨也、ここにいろよ」

さらに三角の耳元でそう囁かれて。
一瞬大きく目を見開いた臨也は、喉の奥で笑ってから、小さく軽いため息をついた。

「…やっぱ馬鹿だねシズちゃんは」

そう呟きながら、答えの代わりにしゅるりと腕に尻尾を巻きつける。
それに気づいた静雄は「素直じゃねぇな手前は」と苦笑して、抱えた黒猫を抱き締めた。












※ぐだぐだですがとりあえずここまでで終了。俺得で申し訳ないです。でも自重しません。
あとは後日談一個でホントにおしまい。次は人型にゃんこ。