「こんなに好きになるなんて、思わなかったんです」
※お題『組込課題・台詞』より。『猛獣の飼い方10の基本』設定。ああ俺は本当にこいつが好きなんだなって、そう実感する時がある。








「あれ?ひょっとして臨也寝ちゃってる?」
数本の缶ビールを手に戻ってきた新羅の言葉に、静雄は頷くことで答えた。
「へえ、珍しいね。酔うと寝ちゃうタイプだったっけ?」
覗き込んだ臨也の顔は安らかだ。あどけなささえ感じる寝顔を、新羅は興味深げに観察する。
「いや、そうじゃないはずだ」
そう答えるが、静雄としても自信はない。
自分の肩を枕代わりにすやすやと無防備に眠る姿に一抹の不安を覚え、この部屋にいる残りの人物のうちの一人、臨也が高校時代から何故か懐いている門田を見た。
視線に気づいた門田が首を横に振る。

「いや、どちらかと言うと絶対酔わないように気を張るタイプだろう」

そう言う。
その答えに、自分で話を振ったにも係わらず、そういう結論が出るほど一緒に飲んでるのかよ、と静雄は眉を跳ね上げ僅かに機嫌を下降させた。
臨也のことを一番知ってるのは自分でありたいと静雄は常々思っている。努力では埋まらない根本的な概念の差すらもどかしいと感じるのに、他人が…たとえ昔から臨也の保護者的な位置にいる門田であっても…そのほんの一部でも自分より臨也を理解しているかもしれないなど許せるはずがないのだ。
雰囲気が若干悪くなったのを感じた新羅とセルティが口を挟む…一人はPDAだが。

『落ち着け、静雄』
「まあまあ。そんなに睨まないの。後で臨也に言いつけちゃうよ?」
「………すまねぇ」

ぼそりと謝罪すると、門田は別に構わないと言うように肩を竦めた。
それにほっとした様子を見せるセルティに、静雄は悪いことをしたと反省する。
なんとなく居心地が悪く、静雄は手に持ったグラスをちびちびと舐めるように飲む。臨也がどこかから入手してきた日本酒はすっきりとしてほんのり甘く、旨かった。

「…ん」

肩に凭れる臨也が僅かに身じろいだ。
だが起きる気配はなく、いまだ珍獣を見る目で観察を続けていた新羅が小さく笑う。

「しかし本当に安心しきってるね」
「そうか?」
「僕はこんなに無防備な臨也を初めて見るよ」
「…そんなことないだろ。高校の頃だってこいつしょっちゅう昼寝してたぜ」
「それは静雄から見てだろ?少なくとも臨也は不穏な気配にはすぐに反応したよ」

そうだよね?と新羅に話を振られた門田が頷く。

「俺の知る限りではそいつが完全に無防備になるのはお前といる時だけだな」

そうなのか、と静雄は呟いた。門田が言うなら間違いないのだろう。そう判断して、口元がにやけるのをなんとか抑えようとする。
信頼されているのだという事実が嬉しい。臨也にとっての一番の脅威がおそらく自分だろうということはとりあえず置いておいて、とりあえず、臨也が自分といれば安心だと思ってくれているだろう事実が嬉しかった。

「静雄もホント臨也のこと好きだよねぇ」

呆れた声をあげる新羅に、静雄は首を傾げた。
隣のセルティにこらと肘で突かれてやけに嬉しそうな顔をしている新羅を見る。
相手は無言で何が言いたいと問いかける視線に気づき、面白そうに笑った。

「だってかわいくてかわいくてたまらないって顔してたよ。私だってセルティへの愛なら絶対負けないけどね!というか、誰にも負けない自信が――いたたたたっ、ああ!セルティ、これが君の愛だって言うなら僕はどんな苦痛だって受け入れられるよ!」
『黙れ』

そんな闇医者と妖精のカップルのやりとりを眺め、それ以上話が続きそうにないことを確認して。
静雄は視線をずらして眠る臨也を見る。
肩に頭を乗せられているので表情ははっきり見えないが、新羅たちの言葉を信じるならば無防備な安心しきった顔をしているのだろう。
心が満たされる気分を噛み締め、静雄は淡い笑みを唇の端に浮かべた。
『かわいくてかわいくてたまらないって顔』か。と先程の言葉を思い出す。

「こんなに好きになるなんて、思っていなかったけどな」

出会った頃はただ自分を恐れない相手に縋っただけだった。今ならそれがわかる。
だが、どこからそれが変わっていったのかは正直静雄にはわからない。ただ、離れる頃にはもうこの存在を失うことは考えられなくなっていた。
何度も何度も喧嘩して仲直りしてを繰り返し、深くなる執着に歯止めが利かなくて。子供心にこの存在を自分だけのものにしたいと思っていた。自分だけが臨也の『特別』でいたかった。
離れて再会して。
会わない間に育った執着はたやすく恋に変わり、そうして今に至る。
静雄は頭を傾けて、臨也のそれに摺り寄せた。起きない無防備な黒髪に頬を寄せさらさらとした感触を頬に感じて。

「…好きだ」

呟きに答えはないが、静雄は目を細めてそっと幸せなため息をついた。












※シズちゃんは臨也が大好きだという話。正直、予想とだいぶ違う話になりました。


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