先に言ったら負けよ
※お題『駆け引きの恋十題』より。連作シズ⇔イザ。言わないし言えないよ。だって言ったらおしまいでしょ?








先に言ったら負け。そんなルールがあるわけではない。
だけど、静雄も臨也も決して己の本心を口にしない。
ルールもないのに口にせず、共通して思うのは変化への怖れ。
言ったら何かが変わってしまう。それが良い意味であれ悪い意味であれ。
その時どうなるか確信を持てないから、だからふたりとも本心は口にしない。








「しーずちゃんっ」

声とともに後ろからぼすりと抱きついてきた臨也に、静雄のこめかみにびきりと青筋が浮かぶ。

「…手前ッ、死にてえらしいなぁ!」
「まさか!」

ははっと笑い声をあげて離れた臨也は何故かにこにこと上機嫌だ。
いつもとは違う邪気のない笑みに、静雄は警戒は解かぬまま首を傾げた。

「…熱は、下がったみてぇだな」
「おかげさまでね」

やはり臨也の笑顔にいつもの胡散臭さはない。それが逆に不気味でなんだ?とますます警戒を強める静雄に臨也は苦笑した。
シズちゃんは警戒心が強いなあ。まあ俺にだけだろうし俺のせいだけど。そう思いつつ、とりあえず臨也は用件を済ませるべく口を開く。

「今日はね、あの時のお礼をしに来たんだよ」
「あ?」

あの時と言われて静雄は首を捻る。すぐに、ひょっとしてあの時かと思い至るが別にあの件で静雄は何もしていないつもりだった。ただ熱を出していた臨也を見逃しただけだ。

「別に俺は何もしてない」
「でも見逃してくれたでしょ?あの時実は結構辛くてさ。君から逃げ切る自信なかったから助かったよ」

すでに全快しているからこその軽い言葉に、静雄は眉間に皺を寄せる。
そんな様子に楽しげに笑って、臨也は「それでね」と言葉を続けた。

「だから、はい」

ずいっと手にしていた箱を静雄の前に突き出す。よくケーキ屋などで使われるその箱を反射的に受け取って、突き返すか少し迷ってから「中身は何だ」と問う。
臨也の答えは「プリンだよ」と至極あっさりしたもので、静雄はつい黙って手の中の白い箱を見つめた。

「…」
「あ、大丈夫だよ。毒は入ってないから」
「…手前は信用できねぇ」
「あはは、まあそれならそれでいいんだけどね」

低く警戒心も顕わな唸り声。失礼だなーと笑う臨也はそれを気にした様子もなく手を振った。
用件は済んだ。今日はもう池袋に用事はない。
静雄の顔を見てついでに気まぐれに思いついた礼もできて、臨也は至極満足して新宿に帰ろうと踵を返す。

「じゃ、俺もう帰るね」
「………」

静雄は視線を箱に向けたままだ。
どうしたらいいのか考えあぐねているその姿に、悪戯心が湧いた。

「ねえシズちゃん」

静雄は臨也の声に何故かぎこちなく首を巡らせる。

「…なんだ?」

何を考えているのか臨也にはわからないが、受け取ったものを嫌がっている風には見えないので内心安堵した。
完全に好意からしたお礼を跳ね除けられたらさすがにへこむかも。そう思っていただけに嬉しい。
その上機嫌が悪戯心を加速させるまま、臨也はにやりと笑みを浮かべて爆弾発言を落とした。
伝えられない本気の告白の代わりに、本心を混ぜながらも冗談めかして。嫌がらせと取られるように留意して。

「それ、俺の手作りだから味わって食べてね?」
毒のかわりに愛をたーっぷり込めておいたからさ。

一瞬の後、静雄の顔が赤く染まる。
これは怒ってるんだろうなぁ。照れてくれたんだったら嬉しいけど、と臨也は笑いを深めた。
次に来るだろう攻撃に備え、身構える。

「〜〜ッ!死ね!!」

臨也の予想通り、静雄は感情のまま手近にあったものを投げつけるが、見越していた臨也はあっさり避けて。
「じゃあね、今度感想よろしく!」などとふざける余裕を見せて走り出す。



――ふざけやがって!一瞬本気にしただろうが!!

静雄は口に出さずにその背に向かって叫んだ。
笑い声を響かせて遠ざかる背中に更に何か投げてやろうと思ったが、あいにく手元には先程渡されたプリンの箱しかない。
ああチクショウ!何だってんだあの野郎!!
イライラしながら、静雄は空いた手で髪を掻き毟る。
翻弄されて、その度刺激される恋心が今は苦しかった。翻弄する臨也も似たようなことを考えているとは思いもつかない。
だから、ただ苛立ちのまま吼えるだけだ。

「ああクソ!次は殺す、殺す殺す殺すッ、絶対殺す!!」

怒鳴った言葉は、静雄自身の耳に酷く空しく響いた。












※たまには休戦かと思いきや、結局喧嘩になる二人。…やっぱりお題からは反れました。
ぼちぼちシズ⇔イザからシズイザに移行し始めたいところ。


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