分かってくれなきゃつまらない
※お題『駆け引きの恋十題』より。連作シズ⇔イザ。ホント、何であんな奴が好きなんだ俺は。








平和島静雄と折原臨也の付き合いは意外に長い。
付き合いという言葉を便宜上用いたが、彼らの関係は犬猿の仲というのが最も適切で。
顔を合わせば殺し合う。そんな関係は高校時代からずっと続いている。
ただ、情報屋を営む臨也がさまざまな秘密を抱えるように、平和島静雄にもかの情報屋も知らない秘密があった。

――平和島静雄は、折原臨也が好きである。

それは、池袋最強とまで言われた男が墓の下まで持っていくと決めた秘密だった。








「はは…今日こそ見つからずに済むと思ったんだけどなぁ」
「臭ぇんだよ手前がいるとよぉ」

胡散臭い笑みを浮かべる臨也に、静雄は手近に投げるものがないか探す。…看板を発見した。

「やだなー、俺ちゃんときれいにしてるよ?シズちゃんの嗅覚が化け物じみてるだけじゃないの?」
「うるせぇうるせぇうるせぇ!今日こそ殺す!」
「君ってそればっかりだね。馬鹿と言うか単細胞と言うか、もう少し頭使って生きたほうが良いんじゃないの?だいたい高校の時の惨憺たる成績――」
「黙りやがれ!!」

看板を投げつけるが、臨也は予測していたのかほんの僅かに身体をずらしただけで避けた。

「おっと…危ないなあ」
「…ちっ」

避けんじゃねぇノミ蟲が。静雄の苛立ちは臨也の顔を見た時点ですでに臨界を突破している。とにかく一発殴らないと気が済まないのだ。
高校で初めて会って以来、臨也には酷い目にばかりあわされてきた。そして現在も平和に暮らしたいという望みは常にこの男の存在によって阻まれ続けている。
なんでこんな男が気にかかるのか静雄自身わからない。ただ気付けば好きになっていて、そんな自分に本気で絶望したものだ。
もう一度、今度は自分自身に舌打ちして静雄は次の得物を探して視線を巡らせる。とにかく自身の平穏のために目の前の男をどうにかするのが先決だった。

「ねえシズちゃん」
「あァ?」
認めた覚えのない渾名で呼ばれて…たとえそれがどれほど嫌な相手であっても…律儀な静雄は返事を返す。
「俺、今日はシズちゃんと遊んでる暇ないんだよねー」
だからさ。
「見逃してくれないかな?」

小首を傾げてそう言った臨也に、静雄は一瞬動きを止めた。
いや、断じてかわいいとか思ってねぇからな!そう心の中だけで叫び、誤魔化すように大声を上げる。

「誰がッ…………?」

誰が見逃すか今日こそ殺す!と叫ぼうとした口が、止まった。
奇妙な違和感に内心首を捻る。なんだからわからないが、理屈ではなくただ唐突に強烈な違和感を感じた。
違和感の正体を求めて、視線だけで相手の様子を探る。

「?…なに?」

身構えていた臨也が不審げな顔をして問うのを凝視し、やはり唐突にああこれかと気付いた。
まだ派手に立ち回ったわけでもないのに微かに上下する肩。常よりも力を感じない視線。
臨也曰くの静雄の動物的な勘は、静雄が意識せずともはっきりと相手の違和を捉えていたのだ。

「…手前」
「なにかな?」

警戒も顕わに睨む相手に、静雄は問答無用で手を伸ばした。
互いの距離は臨也なら五歩、静雄なら三歩。
動きを察し当然逃れようとした臨也だが、一歩早く静雄は彼の手首を捕らえることに成功した。そのまま引き寄せる。

「うわっ、ちょっ、なに!?」
「…熱い」

近づいた距離に焦る臨也に、静雄はぽつりと漏らした。
掴んだ手首の温度は酷く高い。おそらく立っているのも辛いような体温だろう。

「…………なんで気付くかな」

臨也はばつの悪そうな顔をして静雄から視線を反らした。気付かれるとは思わなかったとか、弱ってるのがわかるとか動物かよとか。そんなことを呟いている。
それを見つめながら、静雄は自分の動物的勘とやらに感謝していた。だがそれは危うく弱った相手に止めを刺す卑怯者になり下がるところだったからであって、断じて弱った臨也を傷つけずに済んだからではない。そう自分自身に無意味な言い訳をする。…無意味すぎてすぐ自身に対してため息をついたが。
そうだ。言い訳を止めれば結局のところ静雄は本当は臨也を傷つけたくないのだ。普段ならばいざ知らず、弱っている時の臨也は特に。

「手前、熱あるくせにうろちょろしてんじゃねぇよ」
唸るように静雄が言うと、
「仕事だからさあ…情報屋って信用第一だしこれくらいの熱じゃ」
そんな風に答える。それは静雄にもわかっていることだ。
折原臨也という男は策略の一旦でない限り弱っている自分を決して見せようとしない。だから、警戒心の強い野生動物のように本当に弱りきったら姿を消してしまう気がして、静雄は虚勢をはれる状態以上に臨也を痛めつけるのをためらってしまうのだ。

「シズちゃん、殺す気ないなら手を離してよ」
「黙れ」

そう言うと、珍しく素直に黙った。自分を見上げる目が微かに熱で潤んでいるのを見て取って、静雄はまた舌打ちする。

「…今日は見逃してやる。さっさと新宿に帰って寝ろ」
「は…やっさしいなぁ…なに?シズちゃんらしくないよ?」
「いくら薄汚ねぇノミ蟲でも病人だからな」

目を見た瞬間に浮かんだ想像を振り払うように、静雄はさっさと行けと臨也を放して追い払う仕草をした。
ここで見逃すのが惚れた弱みだとは自覚している。だがどうしようもない。臨也が静雄を嫌いである限りこの関係はどこにも動きようがない。だから、せめて『天敵』という関係で繋がっていられることを喜ぶべきなのだ。…全然喜べないが。
そんなことを考えていた静雄の姿をどう思ったのか、臨也は「ふーん…」と呟く。そして、

「…そういうシズちゃんって」
「?」
「気持ち悪くって大っ嫌い」

きっぱり嫌悪感に溢れた顔でそう言い切った。おまけのように静雄の手をナイフで切りつけていく。
掠り傷にもならなかったが、一瞬で静雄の感情は怒りに傾いた。

「て、手前!人が遠慮してやってりゃ調子に乗りやがって!!」
「あはは、やっぱりこうじゃなきゃねシズちゃんは」
「死ね!」
「やだよ」

狙いをつけずに振り下ろした拳は当然のように避けられた。
それにむしゃくしゃするが、病人相手だとなんとか自身をセーブした。本気で殺す気は…今のところ…静雄にはない。
ぐっと当たる寸前で止まった二撃目に、臨也が眉を持ち上げおや?と言う表情をする。苦笑したところを見ると、静雄が病人相手に手加減したのだということは気付いたのだろう。「お人よしだね」と呟く声が聞こえた。

「…また今度もちゃんと見つけてね?」

すれ違いざまに囁くように口にした臨也がにやりと笑う。
そして、そのままひらりと手を振って、病人とは思えない軽いステップで走っていってしまった。

「なんなんだ…」

低い声で呟き、だが静雄はそれ以上追うことはしない。する気もなかった。
先程触れた臨也の手は本当に酷く熱くて。自分の前で弱みを見せたがらない相手の強がりを酌んで、悪化させないためにも追う気はなかった。
しかし、と静雄は考え込む。『また今度も』とは笑えない。まるで見つけてくれと、会いにきてくれと言われているようではないか。

「…まさか、な」

そんなはずはないのに期待させることを言いやがって。
そう、自分の頭が導き出したありえない結論を否定して。
静雄は残った苛立ちをため息とともに無理やり追いやって、池袋の雑踏の中に戻っていった。












※この二人このまま両片思いでも良いんじゃないか?とちょっと思いました。…お題に沿えてないとか気にしない。


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