遊びじゃないけど遊びたい
※お題『駆け引きの恋十題』より。連作シズ⇔イザ。むしろ静+臨。ねえもっと俺と遊んでよ?








今日も今日とて、池袋ではもはや恒例と化したデッドチェイスが行われていた。
宙を舞う公共物とともに怒号が街に響き渡る。

「いィざァやァァァ!手前ぇぇ待ちやがれぇ!!」

もぎ取った標識を片手に静雄がものすごい形相で臨也を追いかけていた。
彼らが通った後に残るのは、投げ飛ばされた自販機に抉られためくれ上がったアスファルト、引っこ抜かれてビルの壁に突き立った交通標識に散らばったコンクリートの破片、さらには路上にあったのだろうひしゃげたバイクなどだ。
逃げる臨也の足を止めるためならば、静雄は手当たりしだい何でも投げる。すでにそれは器物損壊などというかわいらしいレベルではすまなかった。

「ははっ、シズちゃんの怪物っぷりは今日も全開だね」

それらすべてを避け身軽に移動していくパルクールの使い手は、それはそれは楽しそうに笑う。
臨也が池袋に現れれば、静雄は必ず見つけ出す。それは二人にとってすでに至極当然のことであった。
まるでそれが約束であるかのように、彼らは争い殺し合うのだ。

「待てっつってんだろうがこのノミ蟲がッ!!」

ごっと音を立てて臨也目掛けてまた自販機が投げ飛ばされる。が、一足早く臨也は跳躍し、ビルの裏手の室外機に足をかける。そこからさらに別の足がかりを使い、壁を蹴って跳躍、ステップを踏みつつ華麗に二階にあるベランダに着地して見せた。
「ちっ、逃がすかよ!」
槍投げの要領で静雄の片手の標識が投げられる。それはひょいと軽く避けられ、臨也はそこでいったん逃げるのをやめたのかにんまりとたちの悪い笑みを浮かべて静雄を見下ろす。

「ねぇシズちゃん」
「アァ!?」
「俺今日暇なんだよね。だから、もっと遊ぼう?」
「なっ…こ、のッ………ふっざけるなァァ!!」

咆哮する静雄に空気がビリビリと震えている。

「あーあ、もう本当に短気なんだから」

明らかに面白がる声で言った臨也はひらりと軽い動作でベランダの手すりに上り、そのままジャンプして目標の窓枠を蹴って三階のベランダに手をかける。くるりと器用に回転して上階へと移動した。
ひらひら手を振って挑発する様子に、静雄は目を吊り上げ青筋をさらに増やす。

「手前ぇ!降りて来いっ!!」
「やだよ。シズちゃんが登ってきたらいいじゃん」

静雄の体重では駆け上がれないような場所を選んだくせによく言う。ニヤニヤ笑いでただ見下ろす臨也。
もともと頭に上っていた血がさらに上り、静雄の中で何かがぷつりと切れた音がした。
口の端を吊り上げ、宣言する。

「…じゃあ、行ってやろうじゃねぇか」

それに、え…?と首を傾げる臨也だったが、次の瞬間には盛大に顔を引き攣らせるはめになった。

「いやッこの高さで壁走りはありえねぇだろ!?」

咆哮と共に助走した足が壁にかかりダンッと大きな音を立てて蹴られる。蹴られた壁には靴の跡がくっきりと残り、ぱらぱらとコンクリートの破片が落下する。
僅かな手がかりと、壁を無理やり足場に変えるという常識を度外視した方法で静雄は見事にビルの三階まで踏破して見せた。

「うっわぁ、さすがシズちゃん…」
「覚悟は出来てんだろうなぁ?いざやくんよぉ」
「あはは…」

一歩踏み出した静雄に、乾いた笑いを漏らして臨也が後ずさる。
投げるものは持っていないが、何しろ相手は怪力の化け物だ。次の瞬間には手すりかエアコンの室外機が凶器と化すだろう。
危機的状況に追い込まれて、それでも臨也は楽しくて楽しくてたまらないというように笑った。
ぞくぞくと背筋を駆け上がる高揚感が臨也に生きている実感と充足感をもたらす。

「死ねよノミ蟲」

みしりと静雄の手の中でベランダの手すりが音を立てる。それを聞きながら臨也も手すりに手をかけ、

「ヤダね。君こそ俺の心の平穏のために死んでよ」
「ッ!」

ヒュッと空気を切ってナイフを投げつけて。
臨也はさっとへこみかけた手すりを飛び越え、飛び降りた。
小さな足場でスピードを殺しながら地面までほぼ一直線に下りきり着地する。その直後に投げつけられたひしゃげた手すりを紙一重で避け、臨也は頭上を仰いだ。
鬼気迫る表情の静雄にひらりと手を振る。

「そう簡単に俺は捕まらないよシズちゃん!」

途端、今度は室外機が落下してくる。地面に叩きつけられ部品を散らす哀れなそれを眺めて臨也は満足げに目を細めた。

―ああホントにたまらないよ。だから、


「もっともっと遊ぼう、シズちゃん」


降って来る怒声にくつりと満足げに笑って、臨也は足取りも軽く駆け出した。












※ただひたすらリアル鬼ごっこ。


[title:リライト]