『クロネコ』
※特殊設定。黒猫臨也。黒猫を拾いました。








冷たい雨が降りしきる日に、平和島静雄は一匹の黒猫を拾った。
薄汚れて傷だらけの黒猫で、友人の闇医者のところに連れて行って「自分は獣医じゃないんだけど」と文句を言うのを脅して手当てさせた。
そして、黒猫は数日経った今も静雄のアパートに居座っている。







「ねえシズちゃん」

休日ですることもなくアパートの部屋でのんびりしていた静雄に膝の上の黒猫が話しかける。
そう。人語で話しかけているのだ。普通だったら軽くパニックになるような場面だが、静雄の対応は最初から平静そのものだった。
セルティという名の妖精の友を持つ静雄にとって、猫が喋ることくらいはああそうなのかで済ませられるものだったのだ。
だから。
「どうした?」
普通に答えて喉を撫でてやる。その手が気持ちよかったのか、くるると喉を鳴らして黒猫は目を細めた。

「シズちゃんってホントに人間?」
……。
撫でていた手が思わず止まる。

「ちょっと、シズちゃん。ちゃんと撫でてよ」
「…あ、ああ」

不満そうな声とぱしぱし当たる尻尾に手の動きは再開するが、静雄はまだ思考停止したままだった。
猫にまで問われる日が来るとは思わなかったというのが素直なところか。
少し落ち込む静雄を薄目を開けて眺めていた黒猫は、地雷だったのかなと胸中で呟いた。
拾ってもらった。傷の手当もしてもらった。寝床とご飯を提供してくれた。
黒猫には静雄の好意に甘えている自覚があり、それなりに恩を感じている…まあ実際はそれは黒猫なりのものでしかなかったとしても。

「シズちゃんって面白いね。中身は普通…とは言えないか、ちょっと怒りっぽすぎだし…でも、やっぱり基本的には精神は普通の人間なのに、身体は全然普通じゃない。どこをどうしたらそんな風に育つのか実に興味深いね」
「…怒っていいか?」

低い声に黒猫が身を竦める。
どうやら小さくやわな身体を壊さないよう気をつけているらしく、静雄が黒猫にその脅威的な膂力を振るうことはなかった。
だから静雄は今も必死に怒りを抑えて、黒猫を撫でていた手を放してから握り締めることでやり過ごそうとしていた。

「あはは、人の、じゃないな。猫の話は最後まで聞きなよ。俺はシズちゃんが嫌いじゃないよ。優しいしちょっと臆病だけど素直でかわいいもん」
「…かわいいは男に対する褒め言葉じゃねぇよ」
「シズちゃんはかわいいよ。それに強い。俺はね、心の強い生き物は好きだよ。迷って悩んで傷ついて、でも立ち上がれる強さがある生き物が一番好きだ」
「…それが食い物に対する評価なら願い下げだな」
「おや、褒めてるのにかわいくないなあ。かわいいけど」

くつくつ笑う黒猫の姿をした生き物に、静雄はため息をつく。
静雄自身が拾ってきた黒猫が、実際は見た目どおりの生き物ではないことは既に知っている。
ようやく艶やかさを取り戻してきた毛並みもすらりとした細くてきれいなスタイルも、これの本質を示すものではないと既に知っている。
だが、どういうわけか静雄はこの変わった居候が存外気に入っていて。居たいだけ居ればいいと思っているのも事実だった。

「なあ臨也」
「なあに、シズちゃん」

呼びかけに答える声があるのは悪くない。
そう思って、静雄は黒猫の頭を撫でてから会話を続けるために口を開いた。












※黒猫臨也とシズちゃん。イロモノな話ですみません。たぶん続きます。