「ファーストキスは……誰とだったっけ」
※お題『組込課題・台詞』より。臨也さんの"はじめて"のお相手は?








飛んできた自販機を避けて、臨也はふと思ったことを口にした。

「そういえば、シズちゃんのファーストキスってひょっとして俺?」
「あ!?」

思いもよらない問いかけに、静雄の動きが止まる。
次の投擲物として頭上に掲げられていたコンビニの屑入れがガシャンと音を立てて落ちたが、臨也も静雄も気にすることはなかった。

「だーかーらー、シズちゃんのファーストキスの相手って俺なのかって聞いたのっ」
「ッ、んなこと手前に関係ないだろうが!」
「えー…俺に関係ないってことは俺じゃないわけ?」
「それは…」
「あ、言っておくけど唇以外はノーカウントだよ?ガキじゃないんだから」
「……っ」

顔を真っ赤にして黙り込む静雄に、臨也はやっぱシズちゃんって面白いなあと思ってニヤニヤ笑う。
どうやら静雄の初めての相手にはなり損ねたようだったが、別の初めてはきっちり貰っているからこその余裕の表情だ。

―キスくらい大したことじゃないし。うん。たぶん。…まあ、ちょっとは俺が初めてなのかなって思ってたけどさ。

そう無意識に近い部分で自身に言い訳していたとしても、少なくとも表面上は余裕の笑みを浮かべていた。
そもそも逃げるだけにも飽きてきていたので思い付きで口にしただけだった。答えを期待していたわけでもない。
相変わらずこういう話題で自分に焦点を当てられると真っ赤になる静雄を、ただからかいたかっただけと言ってもいい。
純情な反応ばかり返すこの相手は普段が普段だけに実に面白く目に楽しいのだ。
ひとしきり…唖然とした表情を浮かべる顔がみるみる真っ赤になって口をパクパクと馬鹿みたいに動かして終いには耐え切れず俯いた…その反応を堪能した後、そろそろ退散するべきかと臨也はそろりと足を後ろに引いた。
なので、

「…そういう手前はどうなんだよ」
「へ?」

急にかけられた声に一瞬反応が遅れる。

「えっと、何が?」
よく分からないが良い予感はしない。そう判断して臨也はさり気なく身体を通りへ続く方向へずらした。
「だから、その、ファースト、キスの相手だ」
「ああ。ええっと…」
何故だろう。ものすごく嫌な予感しかしない。
無性にこの場から走り去りたい衝動に駆られ、事態を打破するためにとりあえず静雄の気を逸らさなければと考える。
「…ファーストキスねぇ。うーん…?」
隙を見て逃げようと試みるがじっと見つめられている現状ではどうすることもできず、臨也は何か策はないかと考えつつそのかたわらで自分の過去の記憶に検索をかけた。該当項目はなし。

「そういえば…俺のファーストキスって誰とだっけ?」

そもそもそんなものを大事にしていた覚えもないのでまるで記憶になかった。
まあいいかと静雄に視線を戻すと、何故か震えている。
あ、今度こそ本当に嫌な予感しかしない。そう思ったのもつかの間。

「…手前覚えてねぇとか、普通ありえねぇだろうがっ!?」

大音量で罵声を浴びせられ、思わず竦む。
「そんなこと言われたって…ねえ?」
ずかずかと自分に向かって歩いてくる静雄に、臨也は逃げようと身を翻し。
だが、その足が駆け出すより一歩早く、相手に腕を捕らえられてあっけなく逃走は失敗に終わった。

「シズちゃん痛い!マジ痛いから放して!…ッ…痛いから放せってんだろうがこ、のッ」

ぎりぎりと締め付けられる腕は今にも折れそうで臨也はその激痛に本気で叫んだ。
ナイフさえあればもう少し…たとえ気休め程度であっても…事態は違った展開を見せたかもしれないが、あいにく今日は丸腰で。
「う、あっ…いたい…」
叫ぶ気力さえ次第に失われていく。

「臨也」

呼ばれて痛みに耐えながら仕方なく顔を上げれば、見事の青筋の浮いた顔がすぐ側にあった。

「いや…なんか、顔近くない?」
「手前がどうしようもないビッチ野郎だってことは知ってるけどな」
「うんそれ誤解。俺こう見えても身持ちは固いほうだよ…ていうか、力緩めてよ痛いから」
「ちっ」
「うーわーこの人ものすっごい舌打ちしましたよ今」
「うるせぇ」

理不尽だ。
そう思いながら臨也はそれでも緩められた手にほっとする。まだ痛む上に酷い痣になっているのだろうが、とりあえず骨折や壊死の心配が無くなったのはありがたかった。
漸く余裕が戻ってきたのでむっつりと黙り込んだ静雄の顔を眺め見て、眉間に皺を寄せたまま睨んでいる相手から改めて怒りの理由を探ろうと試みる。
自分のファーストキスに関することであることは分かっている。だが、そんなもので怒られるのは臨也にとっては理不尽すぎた。

―あれ?そう言えば…

臨也の初めてはたしかすべて高校時代のはずだった。キス以外ははっきり覚えているが、何故かキスだけが記憶にないことに首を傾げる。
何か忘れている気はするのだ。多分思い出したくない類の、記憶の底の底に封印してしまうような記憶。
しばらく考える仕草をした後、臨也の身体が一瞬だけ硬直した。
それが手を介して伝わった静雄がいぶかしげな表情になる。力なく笑った臨也が何でもないよと首を振ればますます不振そうな顔をされ、それが今の臨也の精神を意図せずいたぶる結果になる。

「…シズちゃんの初めてってやっぱり俺だよね」
「………悪かったな」
「あ、いや良いんだけどね。それはむしろ嬉しい」
「ならいいけどよ。で、手前の初めては思い出せたのか」
「あのさ。それ、俺としては一生忘れていたいし忘れてて欲しい黒歴史なんだけど」
「…何でだ」
「や、そんな不満そうな顔されても」

やっぱりシズちゃんは覚えてたんだねと呟くように言う臨也に、当たり前だろうがと答える静雄。
その答えに、臨也の中で頭を抱えて大声で喚いて走り出したい衝動が沸き起こる。
一生思い出せないほうが良かったというのが臨也の感想なのだが、静雄にとってはそうでないらしい。

「あんな痛いキス、生涯一度きりで十分だし出来ればしたくなかったよ」
「へぇ、そうか…自分で言い出したくせにそんなに嫌だったのか手前ぇ?」
「あ、いやそういうんじゃなくてね?…ちょ、待ってシズちゃ」

路地裏にがつんと骨がぶつかる派手な音が響く。

―ああクソッ。いっそのことこれでまた記憶が飛んでしまえばいいのにね!!

そう思ったのがその場所での臨也の最後の記憶で。
以前とまったく同じように、決して軽くない衝撃に脳震盪を起こして倒れた臨也を静雄が友人の自宅に運び込むのはこの後すぐのことだった。












※力加減のきかない相手に頭突きせんばかりの勢いでされたキスは、脳震盪と軽い記憶の混乱でノーカウントにされていました。という話。
延々書いてオチがコレとか本当に申し訳ないです。


[title:リライト]