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※四木臨で後天性女体化。四木さん別人警報。















「しないんですか?」
首を傾げてそう問う相手に、四木は何と返すべきか悩んで口を閉ざした。
来客用のソファーの上。真横に座り目の前で心底不思議そうに自分を見つめる相手――折原臨也は、てっきりそういう呼び出しだと思ったんだけど、などと呟くように口にする。
その背は見知ったものよりわずかに低く、体型もほんの少しとはいえくびれのある滑らかなラインを描いていた。
本当に女性化しているのか。
そう思って何となく頭を抱えたい気分になって、四木は視線を中空へと向ける。
もちろん、そう思うまでもなく、すでに彼――否、彼女の肉体に起きた変化は確認済みだ。
呼び出してすぐに臨也の方から「確かめますか?」などと胸を押し付けられたのでそれは分かっている。ちなみに胸は少し物足りないくらいしかなくて、大きめの服を着ればそれだけで誤魔化せるだろうレベルだ。
ついつい、そんなどうでもいい下世話なことを考えて現実逃避したくなる四木は、詰まるところ、自分で思った以上に混乱していたわけだったのだが。
そんなことお構いなしの相手は、しないのか?などといつもと同じ調子で誘いをかけてきて、本当にどうしたものかと思ってしまう。

「四木さん?」
「…今日は、そういうつもりではありませんでしたので」

自分でも苦々しいと思う口調で言うと、臨也はふうん?と呟いて探るような視線を寄越す。
じっと見つめてくる不思議な色合いの瞳に、無意識になのだろう唇の端を舐める仕草。
普段から見慣れた仕草なのに妙に意識してしまう理由にはすぐに行きつけて、四木は眉間に皺を寄せてゆっくりと深呼吸して生まれそうになった熱を強引に散らした。

「それで、身体は大丈夫なんですか?」

晒されている白く細い首筋を見ないように心がけ、相手の目だけを見つめながらの問いかけに。
臨也はひとつ頷いて、にっこりと笑ってみせる。
邪気のないふうを装ういつもの顔だ。
思わず舌打ちしそうになるのを堪えて視線を強めた四木に、

「心配してくれたんですか?」

あっさり装うことを止め、ニヤニヤと笑いながら問いで返す男――もとい女は、あくまで『折原臨也』だった。
性別が変わってしまったことを不安に思う様子もなく、取り乱した気配も投げやりな気配もない。
忌々しいほどにどこまでも平常通り。
「…した、と言ったらどうするんだ?」
多少の苛立ちを混ぜた口調でさらに問いに問いで返す。
「恋人としては、嬉しいと答えるべきなんでしょうねぇ」
あとは感激してキスのひとつもあげましょうか?なんて言う相手の顔が近づいてくるのを手で制して。
文句を言うのを無視して、四木は改めて臨也の全身をじっくりと観察した。

ほっそりとした、肉付きがいいとは到底言えない身体だ。
基本的な部分はそれほど変化があるとは思えない。だが、不思議なことに明らかに以前とは違って見えていた。
元々線の細い方だが、決して女性的というわけではなかった。
なのに、そこにわずかに女性的な丸みが加わるだけで不思議としっかり女に見える。
誰もが手を伸ばしたくなるような色気こそないが、目を引く容姿のせいで男にはとても魅力的に映ることだろう。
そう結論づけて、知らず詰めていた息を吐き出して、四木は手を伸ばして臨也の首筋に触れた。
「四木さん?」
きょとんとした顔には警戒の色などなく。
その無防備さが、酷く雄の意識を刺激する。その表情を歪めさせてみたいと思ってしまう。
自分が今は女なのだという自覚すら薄いだろう臨也は、たぶんそのことには気付いていない。
だから、四木以外の相手にもいつも通りの表情で接していたことは想像に容易く、たぶん欲を煽られた相手もいるだろうと簡単に想像できた。
本当に、少しは今までとは違うのだということを自覚しろ。
そう思い、じわりとどす黒い感情が胸の内に滲み出すのを感じるまま、四木は今度こそその衝動に逆らわず行動に移す。

「手前はもう少し自覚しとけ」
「は?一体何のこと――」

低い呟きに臨也が首を傾げ問うより早く。
四木は臨也の頭の後ろに手を回し引き寄せて、その口を自身のそれで塞ぐ。
そして、相手が驚きに固まったのをいいことに、そのままわずかに開いた唇から口内へと舌を侵入させて、慌てて逃げようとする臨也の舌を絡め取った。
「っ…んんっ…ぁ…」
ふるりと震えてきつく目を閉ざす臨也の反応を楽しみながら、気が済むまでたっぷり味わって。
そうして、抵抗が完全に止んだ頃、くちゅっといやらしい水音を立てて離れた唇に、臨也は荒い息を吐きながら四木を睨みつけてくる。
涙で潤んだ瞳では、それすらただ相手を煽るだけの行為だとどうして気づかないのか。
どこまでも相手を煽る言動ばかりの臨也に半ば呆れながら、濡れた唇を指で拭ってやって、言った。

「こういうことがあるから、自覚だけはしとけってことだ」
「…意味、分からないんですけど」

嘘をつけ。そう思う。
臨也は決して鈍い人間ではない。むしろ敏い方だと言えるだろう。
そんな人間が、ここまでされてその意図を察せないはずがないのだ。

「あまり手を焼かせるんじゃねぇぞ」
「そんなつもりないですし、四木さんが勝手にあれこれしてくれるだけじゃないですか」

まあそれは否定しないが。
ふいっと顔をそらす仕草で、艶やかな黒髪が揺れる。
それと肌の白とのコントラストが綺麗で、ふと、
「せっかく綺麗な髪なんだ。伸ばしたらどうだ」
と言ってみるが、機嫌を損ねたままなのか返事は素っ気ないものだった。
「………いつまでもこのままでいる気はないですから」
面倒そうに吐き出す言葉は、本気でそう思っていることが明白で。
それに思わず笑った四木に、臨也はちろりと視線をよこす。
不機嫌顔で睨む臨也だが、まだ先ほどのキスの余韻を残しているのか、ほんのり色づいた頬や熱のこもったままの目が同じく余韻に燻ったままの四木の欲を煽っていく。
どうしたものかと考える四木と、不満そうな表情を隠さない臨也と。
互いにしばし見つめ合って、そして、先に動いたのは臨也の方だった。
何か悪戯を思いついたような、そんな顔をしてにんまりと笑んだ彼は、

「四木さんのその余裕、無理にでも剥ぎ取ってやりたくなるんですよね、俺」

そう言いながら四木の膝を跨ぐように乗り上がり。
僅かに首を傾けて、それから弧を描いた唇をそっと寄せてくる。
ちゅっと啄ばむだけのキス。
楽しげに細められた瞳は強い情欲を見せていて、じわりと煽られるように身体の熱が再燃した。

「なんだ、余裕あるのかと思ってたら、四木さんもしっかり硬くなってるじゃないですか」

笑いながらするりと際どい所を撫でていく指の意図は明らかで、四木は眉根を寄せて息を吐く。
「煽るな」
「嫌ですよ。こんなチャンス、もうないかもしれないじゃないですか」
女の俺、抱いてみたくないですか?
なんて、それはそれは甘ったるい声で囁く情報屋は止まる気などないらしい。
見せつけるように赤い舌がちろりと自身の唇を舐める。とろりと熱を帯びた眼差しは、四木だけを見つめていて。あからさまに四木の雄を煽ることだけを目的としたその媚態に、期待を帯びた熱が全身を巡るような錯覚を覚えて、ぞくりとした。

――ああ、ひょっとしたら、こいつは最初からそういうつもりだったのかもしれねぇな。

唐突に辿り着いた答えはたぶん正解だ。この相手は、たぶん呼び出されてこの部屋に入ってからずっと、最初から、無自覚のふりをして四木を煽り続けていたのだろう。
そっと寄せられる顔はどこまでも楽しげで愉しげで。
そして、強請るように唇に這わされる舌が酷く蠱惑的だった。
男だろうが女だろうが、この相手の性質の悪さは変わらない。
それを改めて思い知らされて、四木はくっと低く喉を鳴らして笑う。
ならば手加減はなしだ。容赦しねぇから覚悟しとけ。
相手から移ったかのような愉快な気分で、四木は性質の悪い恋人の滑らかな髪に指をくぐらせ、そのまま深く、噛み付くようなキスをした。











※四木さん難しいね!ってことで終わり!
タイトルは動詞だから単体で使用するべきじゃないけどいい用法が思い浮かばなかったもので…