膝に乗せる
※シズ→イザでシズ←イザ(無意識)。ふとしたきっかけで恋を自覚する話。









静雄がソファにもたれるように床に座っているのを見つけて、臨也は首を傾げた。
マンションを訪れた静雄に問答無用で殴りかかられて、狭い室内で攻防を繰り広げたのは数時間前。
ある程度暴れて落ち着いたのか、待つからさっさと仕事を終わらせろと言われたのも数時間前。
理不尽だとは思ったが言って聞く相手でもないので、せめてもの腹いせに臨也はいつも以上に時間をかけて仕事をしていた。
そして、時間が経ちだいぶ自身の気も静まったので少し休憩しようとリビングへ赴いて先の状態が目に入ったのだ。

「ひょっとして、寝てる?」

やけに静かだとは思っていたが、寝ているらしい。
なんとか破壊を免れた…だが一回投げられてはいる…ソファに寄りかかる静雄は臨也の気配にも目を覚ます様子がなかった。
なんとはなしに近づいて、静雄の前にしゃがみ込む。やはり起きない。

「珍しいね…疲れてる、とか?」

寝顔をじっくり見てやろうと、そっと顔にかかった前髪を払おうとして。

「わっ」

いきなり伸びてきた手に腕を掴まれ、臨也はそのまま静雄と密着するはめになった。
ぎゅうぎゅうと痛くない程度に抱き締められて呻く。

「ちょっとシズちゃん!」

なんとか接近しすぎた状態から手を突っ張ることで離れたが、すっかり所謂膝抱っこ状態になってしまった臨也が文句を言おうとして。
あれ?と間抜けな声を出した。
臨也の視界に映る静雄は明らかに目を閉じていて、寝息は穏やかなままだ。
もしかして寝ぼけてるのかと、起こさないように気をつけながら…なにしろこの体勢だ。起きたら色々な意味でヤバイ…腕を外そうとして、直ぐに諦める。
かなりがっちり抱き締められてるんですけど。ホントにこいつ寝てるのかよ。タヌキ寝入りの可能性を考え、半ば捨て身で頬に手を伸ばした。そのまま摘んで引っ張る。

「…うわ、マジで寝てるし」

起きていればとうの昔に殴り飛ばされているところだ。
天敵の間抜けな顔を鑑賞しつつ、臨也は溜息をつく。

「ああもう俺抱き枕じゃないよ」

腕が緩む気配はなく、仕方なく頬を摘んだ手は離して臨也は改めてまじまじと相手の寝顔を観察することにした。
普段あまりお世辞にも良いとは言えない目付きは、瞼に閉ざされなりを潜めている。
穏やかな表情の寝顔からは、顔の造作が整っていることがはっきりとわかった。改めて思うが、いい男だ。
ふむ、と臨也は考えた。

俺この顔結構好きかも。同じ男としては不愉快だけど整ってて精悍って感じでかっこいいし金髪似合ってるし。
あ、っていうか、シズちゃんってかなり俺の好みに近くない?うん。やっぱり近いよねぇ。
いやいや好みったって別に俺男が好きなわけじゃないし。でもシズちゃんの顔は好きだな、うん。
チクショウ。ひょっとして俺、こいつのこと好きだったりするわけ?ははは、ないない。…………。
あれ?なんかものすごく思い当たる節あるんですけど?え?え?
…え?えええええええ?

なんだかとんでもない事実に気付いてしまったようだった。
フリーズしたのは一瞬で、次の瞬間には臨也の脳は一気にパニックを起こす。

「う、え……あ、マジ?」

そして、今更ながらこの体勢に焦る。

顔が近いんだよこれ!っていうか、こんなに顔が近いせいで気付きたくもないことに気付いちゃったんですけど!?
あああ、なんでこんなかっこいいんだよクソッ。
うう、絶対俺今顔赤い。間違いなく赤い。

じたじたと暴れてその体勢から逃れようともがく。
が、そんなことを続ければ相手が目を覚ますのは火を見るより明らかで。
ぱちりと目を開いた静雄に、臨也は焦って口を開いた。

「あっ…お、おはよう?」
「………」
「起きたんならさ、離してよ。無意識とはいえ大っ嫌いな人間抱えてたなんてシズちゃんだって早く忘れたいでしょ?俺も早く忘れたいから」

声に混ざる焦りはできれば聞かなかったことにして欲しい。そう願いながら臨也は解放を求めるが、静雄は聞いているのかいないのか、まるで腕を弛める気配はなかった。

「あー…うるせぇ」
「と、とにかくなんでもいいから離せよ!!」

呟くように言われて思わず叫んだ。
耐え切れずあわあわと焦りを顕わにする臨也に、静雄はぼんやりとした目を向けている。
しばらく目を瞬かせ、ようやく覚醒してきたのか臨也を見るその目に意思の色が宿る。
そして、逃れようと足掻く臨也を少しの間観察する視線で眺め、ふうんと面白そうに呟きが漏れた。

「…なに意識してんだよ、手前」

くつくつと笑われて、臨也の顔が更に赤くなる。
反射で違うと反論しようとしたが、それよりも先にぐっと顔が寄せられてヒッと情けない悲鳴を上げることになった。

「っていうか近い近い!顔が近いよ!!」
「膝に乗っけてるんだから当たり前だろうが」

にやりと笑う静雄の顔がまた少し近づいた。もうすでに触れ合う寸前で、臨也は今までまるでその距離を気にしなかった自分を恨めしく思い、ついでにどうせなら気付かなければ良かったのにと本気で後悔する。
静雄はずいぶんと意地の悪い顔でそんな臨也を観察している。面白がっているとわかるその表情は明らかに臨也の狼狽振りを楽しんでいた。
臨也は少しでも何とか遠ざかろうと身を捩ろうとするが、がっちりと腕に抱かれて閉じ込められている状況がそれを許さない。逃げ場がない。その事実が余計焦りを加速させる。
静雄の視界に映る自分の顔は間違いなく真っ赤だ。そう自覚しているだけに居た堪れない。

「し、ずちゃ…」

声は途中で強制的に奪われた。
開いた唇から侵入した静雄の舌が臨也の口内をまさぐる。

「ん…ゃ…」

逃げる気力を根こそぎ奪おうとするようなそれ。
ようやく開放される頃にはもう暴れる気すら削がれていた。

「真っ赤だな」
指摘され、分の悪い臨也は俯くしかない。
「だ、れの…せいだと」
「さあなあ?」
「…君、いつの間にそんなにたち悪くなったの」
「手前みたいのと一緒に居るとそうならざるを得ねぇだろ。胸糞悪いがしかたねぇ」
「なにそれ…」

目を伏せ、近いままの静雄の顔から視線を反らして意識しないよう勤める。
そうやって逃げ続ける臨也に、静雄は小さく溜息をついた。

「臨也」

臨也を拘束していた腕が解かれ、代わりに頬を両手で挟まれる。
そして、ぐっと伏せた顔を無理やり正面に向けさせられた。

「痛いよ、シズちゃん」

ああ、まともに顔も見られないとかどうしよう。そう思って視線だけでもよそへやろうとする臨也に、静雄はそれを許さなかった。

「こっちを見ろ。見ねぇとこのまま絞めるぞ」
「………」

脅しに屈したわけではないが、徐々に力のこもる指先に生命の危機を感じて臨也は諦めて視線を相手に合わせた。
ああもう。どうしようどうしよう。得意の話術さえ出てこないとかヤバすぎるって!
心の中で慌てふためき耳まで真っ赤になった臨也の様子を笑って、静雄は臨也の耳元に万感の想いを込めて囁く。



「自覚するのが遅せぇんだよノミ蟲」










※気付いてしまった恋心に翻弄される人と自覚するのを待ってた人の話。
かせはなぜか眠てる人の話が好きです。寝るのが好きだからかもしれません。


[title:リライト]