相合傘
※『猛獣の飼い方10の基本』設定。









「これは困ったなぁ」

さあさあと降りしきる雨の音に、臨也は大して困っていない声で呟いた。
つい先刻依頼人との打ち合わせを終えて建物を出た臨也は、それを出迎えるように降り出した雨に足止めされるはめになっていた。

「はあ…どうするかな」

濡れて帰ってもかまわないのだが、その場合は同居人に見つからないように細心の注意を払う必要がある。
口うるさい臨也の同居人は臨也の健康に関しても煩かった。
曰く、きっちり三食残さず食べろ。曰く、夜更かしをするな。
同居前は自分もそんなことは気にしていなかったくせに、臨也と同居し始めてからの彼は不健康な生活を続けては体調不良で新羅の世話になる臨也に業を煮やしたらしく、口喧しく厳しくなった。
おかげで痩せ過ぎだった身体に多少は肉がついて健康にはなった気がするが、それが自分への心配からきているとわかっていてもやはりどこか煩わしくもある。

「シズちゃんは過保護すぎるんだよ」

今はいない同居人に文句をたれる。どうせ今はいないのだから、今なら思う存分罵っても命を脅かす物体は飛んできたりしないのだ。

「大体シズちゃんに俺の何がわかるって言うのさ。別にシズちゃんがいなくたってそれまでそれなりに生きて来れたし…そりゃ時々は倒れたりしたけど、少し寂しかったりしたけど…俺だってちゃんと同い年で成人してる男だって絶対シズちゃん分かってない。心配してくれるのは嬉しいけどこう見えても俺はちゃんと」
「ちゃんと、何だ?」

後ろから急にかけられた声に、臨也の背が硬直する。
油断していた。気を抜きすぎてしまった。そんな後悔が頭を過ぎる。

「や、やあシズちゃん」
「手前池袋で何してやが…ああ、そうか。仕事で来るって言ってたか」
「うん。今日はどうしても池袋まで出向かなきゃいけないからって断ったよ俺」
「…ちっ、そうだったな」

心底忌々しそうに舌打ちする静雄は、口論が殴り合いの喧嘩に発展するのを避けるためか、先程の話題を蒸し返す気はないらしい。
傘をくるりと回して、何か考える仕草をする。

「で、仕事は終わったのか?」

唐突な問いに、臨也は素直に頷く。

「終わったよ。シズちゃんは?」
「俺も今日は終わりだな」
「そっか」

何とはなしに続く会話。珍しく煙草を銜えていない静雄の発音は明瞭で、その声に満たされた気分になるのだから我ながら安いものだ。そう臨也は自分を笑う。
そんな臨也の頭上に、不意に影が落ちる。

「ほら」
「な、に?」

差し出された傘。
きょとりと見上げた臨也に呆れた顔でため息をつく、雨に濡れる静雄。

「傘、ねぇんだろ?さっさと入れ。俺が濡れる」
「…まさか、一緒に入ってく気?」
「悪ぃか?」
「……男同士で相合傘とか笑えない」
「だけど持ってねぇんだろ?今日は雨止まねぇらしいぞ」
「タクシー使う」
「勿体無いだろうが」
「………」

ポンポンとテンポ良くなされる会話は、臨也の沈黙で終わった。
拗ねて不満げな顔で上目づかいに睨む情報屋は、たぶん自分のその顔が密かに静雄のお気に入りであることを知らない。

「ほら」
「…わかったよ」

妥協すると呟く臨也に笑って、一緒の傘に入って帰路に着く。

「今誰かに見られたら死ねる」
「じゃあ死ね」
「やだよ君が死ねばいいじゃん」
「手前言ってることが違うぞ」

なおも減らず口を叩く臨也に、静雄は軽く呆れを含んだ眼差しを向ける。
そして、わずかに袖口を握る臨也の手を見つけ、小さく笑みを浮かべて視線を前に戻した。










※雨降りと相合傘。
糖度高めが『猛獣』設定の二人のデフォルト。いつか本気で喧嘩する二人が書いてみたい…


[title:リライト]