※帝臨帝。根底にシズ⇔イザ。








「やあ、わざわざごめんね」

そう言って笑う臨也に帝人は型どおりの挨拶を返し、招かれるまま部屋に上がりこんだ。
始終にこにこ笑っている臨也の機嫌はどうやら良いらしい。
そう確認して、帝人はくっと先を歩く相手の腕を引っ張った。

「なに?」

僅かに屈む臨也にすばやく口付ける。
驚いたのか一瞬目を見開き、それから離れた唇を追って臨也からも口付けてきた。
楽しそうに笑う目が帝人を映している。見上げなければならないのが少し悔しい。
牛乳を飲もうなどと頭の片隅で考えながら、口を開く。

「臨也さん、今日は仕事は――」
「ないよ。せっかく帝人くんが来るんだから予定なんて入れてないって」
「そうですか」

どこまでが本心かわからないような相手だが、それでも嬉しい。

「本当はさ、俺が池袋まで行けばもっと頻繁に会えるんだけどね」

くすりと苦笑した臨也に、あ、次の台詞は聞きたくないなと帝人は思った。
続く言葉は経験で知っている。

「シズちゃんがいるせいでそうもいかないし、嫌になるよねぇ」

そう言って「君もそう思わない?」と訊いてくる臨也は、たぶん意識して言っているわけではないのだ。
ただ、自分といる時でさえ何かあるたびに臨也の口から出てくる名前はかの喧嘩人形の愛称で。
そのたびに胸にうずまく気持ち悪さに帝人は僅かに眉を寄せる。

「座っててよ。飲み物はコーヒーで良いよね?」
「あ、はい」

砂糖とミルクは?と訊いてくる中に子ども扱いの響きが混ざっていることも不快だった。





「はいどうぞ」
「ありがとうございます」

渡されたカップを受け取って、帝人は臨也を見上げた。
なに?と目線で問う相手に隣に座るよう促す。
素直に座った臨也が笑った。

「複雑そうな顔だね。なにが不満なのかな君は」
「…なんでもないです」

見透かされているのだろうか。そう思うが、いや違うなと帝人は否定した。
臨也は自分の心に気付いていない。平和島静雄に対する憎しみの根底にあるものに気付きたくないと蓋をしている。
それをわかった上で、帝人は彼を欲したのだ。
小さくため息をつき気持ちを切り替えようとした時、ふと、視線の先に嫌なものが見える。
包帯の下、紫に変色した皮膚が僅かに覗いていた。

「…それ」

呟きを拾った臨也が、帝人の視線を追ってそれに気付く。

「ああ、これね。昨日シズちゃんと鉢合わせしちゃってさあ、ちょっと油断してこうなりました。まったく自分が怪物だって自覚がないのかな。掴まれただけでこれなんだから嫌になるよ」

ぺらぺらと喋る臨也を見ながら、帝人は渦巻く嫉妬に苛立ちを感じていた。
あの包帯の下には静雄が残したくっきりと浮かぶ手形があるのだ。それが、まるでこれは自分のものなのだと主張しているように感じて、苛立ちが募る。
臨也と違い、静雄は自分の感情を自覚している。はっきりと敵意の眼差しを向けられた瞬間から、それはわかっていた。

「臨也さん」
「ん?なに?」

まだ要らぬこと…どうせ自分を追い回す天敵のことだ…を喋っていた臨也に声をかける。
首を傾げ見つめてくる彼から半分ほど中身の減ったカップを取り上げ、自分のそれともどもローテーブルの上に置いた。

「帝人くん?」

きょとんとした顔が幼く見えてかわいいなと思いながら、帝人は臨也に手を伸ばし。
首の後ろに回した手で強引に引き寄せた。

「う、わっ」

何の抵抗もなく傾ぐ身体を抱きとめて、きつく抱き締める。

「臨也さん、大好きです」
「…知ってるよ」

苦笑の色を多分に含んだ声が返る。
臨也はよいしょと若者らしくない掛け声で身を起こして、帝人と向き合った。

「俺も帝人くんが好きだよ」
「…わかってます」

それくらいは帝人にもわかっている。その他大勢よりは大切にされていることも理解している。だが、それだけでは臨也があの『特別』に向ける強い執着に勝てない気がして、自分勝手に苛立っているだけなのだ。
複雑な気持ちのまま頷けば、くすりと笑われた。独特の色合いの目は、やはり手のかかる子供を見る色を消していない。
やはり嫉妬は見透かされているのだろう。甘やかされているのだと理解して、帝人は不満げに臨也を睨む。
それさえ笑って済ます臨也の心を乱したくて、それができない余裕のない自分にため息をついた。

――早く大人になりたい。

せめて同じ目線に立てるようになりたい。
子供の特権で甘やかされながら、それでも帝人はそう思うのだった。












※無意識の矢印に気付いててどうしようもないけど嫉妬するひとのはなし。
基本静→臨←帝、根底静⇔臨、CP帝臨帝という…。ほんわかしたのも書きたいなあ…