Call
※『mail』続編。






side:S 触れ合うということ















「…し、ず…ちゃん?」
戸惑いと驚きに揺れる瞳で自分を見つめる男に、静雄は内心ほっとした。
臨也の居場所が何となく分かるとは言え確実に捕まえられる保証はなかったのだ。

「なんで、ここに?」
「…手前、さっき言ったこと聞いてなかったのか?」
「え…あ、え…っと?」

大きな溜息が漏れた。
人の一世一代の告白を聞いてなかったのか、そうか。
「手前なぁ」
恨みがましい視線を送ると、焦ったように目を逸らされる。
「や、あの、聞いてなかったわけじゃ、ないんだけど」
へぇ?
「…いや、あの、今日は、エイプリルフールじゃないと思うんだけどね?」
「もう少し気の利いたこと言えねぇのか」
どうやら臨也の無駄に滑らかに動く舌は今日は休日か留守であるらしい。
動揺しきりの彼になんとなく和んで、静雄は目を細めて微笑んだ。
だがそれも一瞬のことだ。

「だって、君が、とか」
「事実だ」
「だって」
「だぁああ!よく聞けクソノミ蟲!」

うだうだと煩い男にすぐにイラッときて叫ぶと、驚いたらしく臨也は口を噤む。
その機に乗じてもう一度。

「俺は!手前が!好き、なんだよ!!」

ほとんど勢いのまま叫んだ。
そして、今度はどう反応するかと覗っていると。
叫ばれた言葉にぽかんとした顔が徐々に赤く染まる。

「う、うそ…だよね?」
「嘘じゃねぇ」
「だって、シズちゃん俺のこと嫌いって」
「まあ、今でもある意味じゃ嫌いではあるな」
「………」
「じゃ、そういうことだからよ」
「へ?」
「帰る。手前もしっかり休めよノミ蟲」
「ちょ、ちょっと待って!おい、待てよ!」
踵を返したが、一歩も歩き出さないうちに袖を捕まれて舌打ちする。
「……なんだよ」
俺はふられるのが分かってて告白したんだ。追い打ちは遠慮したい。
そう思う静雄に、臨也は焦った声で言った。

「お、俺の答え、聞かない気なの?」
「聞くまでもねぇだろ…手前はもう俺とメールもしたくねぇらしいし」

聞くまでもない。聞きたくもない。そういう感情が態度に出ていたのだろう。
何故か一瞬、臨也が傷ついたような顔をした。
そして、

「っ…違う」
「あ?」
「違う、からっ」

ぎゅうっと目を瞑った彼は静雄の袖を掴んだまま、小さな、蚊の泣くよう声で言った。

「俺も、しずちゃんが…」

そこで言葉は途切れてしまった。が、流れからいけばそこに続くものは充分すぎるほど連想できて。
静雄はその言葉を何度か脳内で再生させて、自身の耳を疑う。
ありえない、という気持ちと。そうであって欲しいという気持ちと。
二つの感情がしばらくの間せめぎあって。
そして、途中で開き直って、考えることを放棄した。
元々深く考えるのは苦手なのだ。なら、都合のいいほうに解釈させてもらおう。
だいたい、袖を掴んだまま俯いた臨也の髪の間から覗く耳は真っ赤で、そこから否定的な言葉を想像するのは難しい。
小さく震えている手がその考えを肯定しているようで、静雄の中では勝手に解釈するその材料にしかならなかった。
これは、勘違いじゃねぇよな?確実に、そういうことだよな?
心の中で自分自身に確認して、違ったとしてももう知るか!と思いながら、静雄は臨也の手を軽く掴む。

「鍵は?」
「え?あ、開けてある、けど?」

そこでようやく自分がまだ玄関前にいることを思い出したらしい臨也は慌てたように周囲を見回す。
が、それは無視して、そうか、とだけ口にした静雄は臨也の手を取ったままドアを開く。
そのままドアをくぐって、臨也を引っ張り込んだ数瞬後にはバタンという音と共に扉が閉じた。

「しずちゃん…?」

周囲の目を気にする男のために扉が閉まるまでは待ってやったのだ。
腕の中に囲った相手を思う存分抱きしめて、静雄は満足げに息を吐き出す。

「臨也」
「…なに、かな」
「いざや」
「うん…?」
「いざやいざやいざや」
「し…しずちゃん?」
「好きだ」
「っ!!」

囁くように言えば臨也の身体が大げさに跳ねた。
またじわりと朱がさし始めるその顔が、やけにかわいく思えて知らず頬が緩む。

「手前も俺が好き、なんだな?」
「………、…」

何か言おうとしているのだろう臨也はぱくぱくと口を動かして、でも結局音に出来なかったのか。
ただ真っ赤になったまま俯いて、こくりと頷いた。
ああ、チクショウ。すっげぇかわいいじゃねぇか。…こんなことならもっと早く諦めるのを止めていればよかった。

「臨也」
「……うん」
「俺は、メールが送信できなくなった時、手前との繋がりが切れたみたいですごく、ショックだった」
「………」
「手前も、俺が好きだったなら、辛かったりしたのか?」
「……っ、した、よ…すごく、辛かったし、忘れたいのに忘れられなくて…っ」
「そっか」

やっぱり早く決断していればよかった、と後悔する。
そうすればこんな顔させなくてすんだのに、と潤んだ瞳を向けてくる彼に思った。
今にも泣き出しそうで、でもギリギリで堪えているようなそんな顔。
でもその一方で、この男がそんな顔をするほど自分が思われているのだと嬉しくなったのも事実だったから。
静雄は小さく苦笑して、そのあと目を細めて震える臨也の背を出来るだけ優しく撫でた。

「…そ、その顔、反則」
「あ?どの顔だ?」
「なんでもないし」

自分でも相当柔らかな表情を浮かべているだろうことは自覚していたから、自身の発言に照れたのかぷいっと顔を逸らした臨也にそれ以上追求することはなく。
静雄は臨也を抱えたまましゃがみ込む。
ここが玄関であるとか、もう少し奥に行けばたぶん座るところがあるだろうとか、そんなことはどうでもよくて。今はただ、この腕の中の想い人を一時たりとも離したくなかった。

「もう逃がしてやんねぇからな」
「…別に、逃げてないし」
「逃げただろうが」

好きだったというのなら、メールの一件は明らかに臨也の逃げだ。…まあ、それがなければ今も告白などしていないだろうから、結果的には悪くなかったのかもしれないが。でも、と静雄は思う。そのせいでこちらはずいぶん悩んだし苦しんだのだ。少しは反省だとか後悔だとかしろと思わないでもない。
「逃げてないし」
「二度言うな。逃げてんだから認めろ」
そう言えば、むっとしたのか臨也は眉間に皺を寄せて睨みつけてくる。
その鼻先に軽くキスを落として、静雄は満足そうに笑ってみせた。

「なあ、臨也」
「………」
「好きだ」
「………君は、ずるい」
「たぶん手前ほどじゃねぇぞ」
何もかも放り出して逃げやがったくせに。
「逃げてないし」
「まだ言うか」

子供みたいに拗ねる男が愛しくて、可愛くて。
湧き上がる感情のまま、ぎゅうっと抱きしめて。

「好きだ」

静雄は、心のままその想いを告げる。
少しの間を空けて、俯き加減に「お…俺も、好き」とそう小さく答えてくれる彼が今はただただ愛しかった。
だから。
静雄は、そのあとずっと、臨也がついに「もう分かったからやめて」と真っ赤な顔で懇願するまで、彼の顔中にキスの雨を降らせながら「好き」と繰り返したのだった。












END