Call
※『mail』続編。






side:I 求めるということ















『よう』

夜遅く、帰宅し今まさに事務所に入ろうとしたその時、急に鳴った電話。
こんな時間に誰だろうかと見たディスプレイは非通知で。
それに訝しみながらも通話ボタンを押した臨也は、聞こえてきたその声に危うく携帯を落としそうになった。
今、たぶんこの世の誰よりも臨也の心を揺さぶる声の主。
予想もしていなかった男の声に動揺を隠すことが出来ず、臨也は震える手で携帯を掴み直す。

「………なんで」
『切るなよ。切ったら殺す』
脅しなのだろう言葉にごくりと唾を飲み込んで、一度深呼吸。
最初の衝撃が去って何とか平常通りの声が出せると確信した臨也は、電話越しの相手に出来うる限り素っ気ない声で言った。
「意味わかんないんだけど…っていうか、なんでこの番号知ってるの」
『新羅に聞いた』
問いかけへの返答はシンプルなもの。
やっぱりか、とそう思う。静雄の交友関係の狭さを考えれば、予想は難しくない。
「…………そう」

非通知なのも、新羅の入れ知恵か。
いや、間違いなくそうだろう。静雄にそんな知恵が働くとも思えない。
そんな相手が聞いたら怒るどころではすまないだろうことを考えて、そうじゃない、と首を振る。
誰が静雄に手を貸したかは結局のところ問題ではないのだ。
臨也は今はまだその声を聞くだけで平静ではいられない状態で。少しでも早く、会話を切り上げて心の平穏が欲しかった。
諦められないと認めたからといって、すぐに行動を起こせるほど臨也は短慮でなく、そもそも思い切りもよくなかった。
だから今はまだ。そう、思うのに。

『なあ、臨也』
「なに」
『なんでメールアドレス変えたんだ』
「…何でだっていいだろ?シズちゃんにとってみりゃ大したことじゃないだろうし、いい加減飽きたんだとでも思っといてよ」

ああ、どうしてこうも憎まれ口しか叩けないのだろうか。
ぎゅっと目を瞑って、人呼吸置いて。
「シズちゃんこそどうしたのさ。今更俺に何か言いたいことでもあるの…ってそりゃいくらでもあるか。恨み辛みならいくらでも出てくるよねぇ」
再び目を開いて、そう口にする。
殺すと脅されるまでもなく自分からはこの電話を、せっかく静雄と繋がったこの一時を、切ることは出来そうになかった。
だから相手の方から切らせたくて、わざと怒りを煽るようなことを口にする――のに。
『まあ、それはいくらでもあるけどな…今日は、そういう話をするためにかけたんじゃねぇ』
電話越しの相手はそんなことを言って、臨也を困惑させる。
では何だというのか。わざわざ静雄らしくもなく新羅を頼って電話番号まで入手して非通知に設定してまで電話をかける理由。そんな理由は、臨也にはまったく思いつけなった。

『臨也、先に言っておきたいことがある』
「な、に…?」
『俺は、手前のことはどうしようもねぇクソ野郎だと思ってる。反吐が出るような最低最悪のクソだ。その気持ちは変わらねぇ』
「………」

静雄がそう思っていることくらい、分かっていたのに。
なのに、胸がキリキリと痛む。

『でもよ、手前との、あのメールは、嫌いじゃなかった…つーか、好き、だった』
「……っ」
『俺は、手前が返してくれるあの短すぎるメールが毎日楽しみだったんだよ』

臨也はどうしよう、と心の中で呟いた。
こんな言葉は反則だ。
だって、結局今だって、臨也は静雄を好きなままなのだ。
こんな言葉聞かされたら、ずっと閉じこめてきた気持ちが溢れ出してしまいそうになるじゃないか。
は、と小さく喘ぐような吐息を漏らして、臨也はきゅうっと空いた方の手を握り締めた。
今が、チャンスなのかもしれない。もやもやしたままの自分が嫌で、行動を起こそうと、この気持ちを告げてしまおうと、そう思っていたじゃないか。
そう自分に言い聞かせて、言葉を発すべく口を開いて――、
「シズちゃん、おれ、」
意図せず言葉が途切れる。
声が、出なかった。
「っ…、…」
こんなに好きなのに。それを電話越しに伝えることさえ、自分には出来ないのか。
意気地なしと自身を罵って、臨也は奥歯を噛みしめた。
ひょっとしたら、これが最後の機会かもしれないのだ。
言葉を、気持ちを伝えるのも。この声を聞くのも。
「しず、ちゃん…」
言葉が続かない。
胸が苦しくて痛くて、呼吸すらも難しい。
メールの画面越しであっても冗談を装ってすら言葉にできなかった想いは、電話越しでもやはり言えなくて。
焦りばかりが募っていく。

『なぁ、臨也』

静雄が携帯越しに臨也の名を呼ぶ。
返事をしなければいけないのに喉がカラカラで声が出なくて、無理に絞り出そうと呼吸を深めた、その時。

「『俺は、手前が好きだ』」

二重の音声。
それに驚いて顔を上げて振り返った先。
そこには、臨也のよく知る、バーテン服の男が立っていた。