Call
※『mail』続編。






side:S 望むということ















「で、何でここに来るのかなぁ?」
迷惑だと顔にありありと示して、相手――岸谷新羅は静雄を見る。

「仕方ねぇだろうが、あの野郎メールアドレス変えやがったんだから」
「………」

さも当然とばかりに言われても迷惑なんだけど、と。
そう思う新羅の心情など、静雄は考慮する気はないらしい。
さっさと教えろと迫られて、やっぱり無視すればよかったかもなぁと、数分前にインターホンを押した静雄を招きいれた自分を後悔する。
「……直接会いに行けばいいんじゃないの?」
「んなことしたら間違いなく逃げられるだろうが」
情報屋などというよく分からない怪しげな仕事をしている臨也は、静雄の行動を素早く察知して逃げを打つに決まっているのだ。そう確信した表情で言う静雄は案外色々考えているのかもしれない。
そんな失礼なことを思いつつ、新羅は一回溜息をついて。
それから、目の前の相手を見据えた。

「大体何で今更そんなことを言い出すのさ」
臨也がアドレス変えてから結構経つよね?

そう。あれからもう三週間近く経つのだ。たった三週間と思うかもしれないが、その間彼は結局行動を起こさなかった。そのことについて新羅とて何も思わないわけではない。別に臨也の味方というわけではないし、一方の肩を持つ気もないが、それでも友人として関わった以上は聞いておきたかった。

そんな新羅の気持ちに気づいたのかは分からないが。
静雄は一瞬動揺して、それから眉間に皴を寄せて唸って、目を瞑って、俯いてさらに唸って。
そうしてしばらくそんなことを続けて、それから、重い溜息を吐き出して目を開ける。
上げられた視線は、新羅の予想よりもずっと真剣で真っ直ぐだった。

「ずっと、諦めようとは思ったんだけど、無理だった」

簡潔に告げられる理由。
ばつが悪そうにガリガリと頭を掻いてそう言った静雄に、新羅はまあそうだろうねと心の中で同意する。
諦めるなど無理に決まっている。度の過ぎた互いへの執着をいい加減正しく把握して欲しいものだ。
そう思いつつも表面上は黙って静雄の次の言葉を待っているようにしか見えない新羅に、静雄はひと呼吸おいて、さらに言葉を続ける。

「アイツの隣に俺以外の奴がいるとか、我慢できそうになかった」
だから。
「…考えても、仕方ねぇし、とりあえず諦めんのやめることにした」
「………」

そもそも、元々考えるのが得意でない静雄には臨也の考えなど想像すら難しい。相手がどうだなどと考えるからややこしく悩む羽目になったのだ。
考えても、答えなんかでない。それが、静雄の出した結論だった。

「アイツの考えなんか分からねぇし分かりたくもねえけど、こんだけ考えて諦められないならよ…もう行動するしかねぇだろ?」

開き直りと言ってしまえばそこまでだが、もうそれでいいと静雄は思えている。
臨也が自分をどう思おうが、静雄の気持ちが変わるわけでもない。
伝えて、その後のことはその時考えればいいのだ。

そんな静雄の心情を何となく察して、新羅は溜息をつく。
何ともまあ、遠回りしてくれたものだ、というのが正直なところだ。臨也も臨也なら静雄も静雄というか何というか…。いつもの気の短さを発揮してもっと早く行動を起こせばいいものを、とつい悪態をつきそうになる。
それをぐっと堪えた自分を褒めて、もう一度溜息をついて、
「…まあ、教えてもいいけどね」
と、そう言って。
新羅は白衣のポケットを探って、はい、とメモを手渡した。
静雄が来た時のためにと用意していたこれが無事役に立って何よりである。
渡されたメモの中身を確認した静雄が小さく礼を言うのに頷いて、新羅は彼の肩をぽんと軽く叩いた。

「速戦即決、勢いのあるうちにさっさとすませた方がいいと思うよ。でないと、臨也に気付かれるかも」
「…そう、だな」

新羅の言葉はもっともだ。妙に勘のいいあの男に気付かれる前に、さっさと捕まえてしまわなければ。
目的のものを手に入れた安堵で一瞬緩んだ顔を引き締めて、静雄はメモをポケットにしまって玄関に向かう。靴を履いて、ドアノブに手をかけて。
そこで囁くような声でのアドバイスと共に「頑張ってね」という意外に真剣な響きの言葉を受けて、静雄は重々しく頷いて、その場を後にしたのだった。