Call
※『mail』続編。side:I 向き合うということU
目覚めは、存外すっきりとしたものだった。
頭や身体の重いだるさも消えうせて、これで気分がよければ爽快な目覚めであったことだろう。
そんなことを考えながら、臨也はふうと小さく溜息をついた。
「…諦められると、思ったんだ」
諦めると決めた。
諦められると思っていた。
でも、無理だと。
唐突に理解してしまった自分に、最悪だと呻く。
夢の中、手に入らないものを欲しがって泣きじゃくる子供に手を焼いた記憶はまだ薄れていない。
…俺は子供の時だってあんな我がままで馬鹿じゃなかったと思うんだけどなぁ。
でも、夢の中の子供の自分は、大きな目に涙を溜めてただただ静雄を求めていた。
あれが自分の本心…本質だとしたら、ちょっと泣きたくなってくる。
「…さいあく、だ」
忘れられない。
諦められない。
欲しくても手も伸ばせなくて、苦しさに身動きが取れなくなる。
そんな感情、知りたくなかったのに。
臨也はもぞりと布団の中で身を縮めて静かに目を閉じた。
家主が自分を起こしに来る気配はない。
まるで考える時間をくれているかのようだ、と思って笑う。
たぶん、そういうことなのだろう。あれで案外優しい男だ――まあ、それを差し引いて余りある単純かつやっかいな男でもあるけれど――、たまに発揮するその優しさに何度も救われている。
だから、今回もその気まぐれに甘えておこうと決めて。
臨也は久々の休息をとってすっきりした頭で思考を巡らせる。
静雄のこと。
メールのこと。
自分の気持ちのこと。
何度も行きつ戻りつしながら考えて、結局たどり着く答えはひとつだ。
「俺は、シズちゃんを諦められない」
たぶん本当は分かっていたけれど、認めたくなかった事実。
それと向き合ってしまえば、どれだけ無駄な足掻きをしていたかよく分かる。
でも、本気だったのだ。
本気で諦めるつもりだった。
今だって絶対手に入らないと理解しているから諦めなければならないと分かっている。
「はは…ばか、みたいだ」
自分の気持ちを直視したっていいことなんかない。
だだを捏ねたって、それで静雄の心が手に入るわけじゃないのだ。
心臓が痛い、苦しい。
「…ッ」
震える息を吐き出して、きつく目を瞑って堪えて。
臨也はどうすればいいのだろうかと考える。
このままでは諦められない。だが、どう足掻いたところで手に入れることは不可能。
なら、どうすれば諦めがつくんだろうか。
このままは辛い。たぶん耐え切れない。
「…いっそ、完全に玉砕するしかないか」
ぽつりと、ほとんど無意識に零れた声。
ああそうだ。その手があったか。
思いついた途端、もうそれでいいと思った。
重い気分はそのままでも、視界が晴れたようなそんな気がした。
ふっきれたのとは違う。
もうこんなふうに苦しみ続けるくらいなら、いっそすべて壊してしまいたくなった。
それだけだ。
告白しても無駄だから、今以上に嫌われたくないからなんて。
そんなことを考えていた自分がおかしくなる。
もう考えたくない。すべて終わりにしたい。
そう思えるほど、追い詰められている自分が酷く馬鹿馬鹿しい。
そんな思考をして、それが投げやりになっているだけだと自覚しながら、臨也は目を開いた。
「ホント、最悪」
そう呟いて。
それから、ゆっくりと身を起こしベッドから足を下ろす。
顔を洗って、新宿へ戻ってシャワーを浴びて着替えをして。
それでも気が変わらなかったら。
その時は、今までの彼との関係をすべてを壊してしまおう。
投げやりでも何でも。
そう決めたら、何だか気が楽になっていた。