Call
※『mail』続編。






side:S 願うということ















「…なに、言って…」

帝人の言葉に真っ白になった頭で。
それでも絞り出した声は、無様に震えていた。
だがそのことを意識する余裕すらなく、静雄は目の前の相手をただ凝視する。
鋭い視線は今も静雄を見据えていた。

「いつまでも自分を誤魔化せると思ってますか?」
「………」
「あなたがそうやっていつまでも自分の気持ちと向き合わないと言うのなら、本当に彼は僕がもらいます。今なら、簡単におちてくれそうだ」
「ッ!」

反射的に腰を浮かして掴みかかりそうになった手を、寸でのところで止める。
静雄の暴力の恐ろしさを知っているだろうに、相手はまったく動じた様子もなく、あと僅か数センチの位置で止まった手をちらりとも見ない。

「あなたは彼を諦められないんでしょう?」
「………」
「なのに、なんで諦めようとするんですか」

――お前に何が分かる。
そう言いたいのに、射竦められたように動けず、声すら出せなかった。
反論したい。でも、自分の臆病さを露呈するようでできない。
落ち着け。
自分にそう言い聞かせて、ぐっと奥歯を噛み締めて。
静雄はきつく目を閉じて、深く呼吸をして上げたままだった手を下ろした。
たとえ自分が好きでも、それを相手に伝えても拒絶されることが分かっているのだから。
だから、静雄は諦めると決めたのだ。

「…俺は」
「諦めますか?」
「…ッ」

言葉にされるたび、心臓が重く、痛くなる。
言われるたびに重く圧し掛かるのは、それが不可能だと知っているからだ。
自分には彼を諦めるなど、できるはずがない。
そんなことは、静雄にももう分かっていた。
分かっていて、それでも諦めると、思って口にして、ようやく平静を保っていたのに――。

「想像してください。彼が自分以外の人間と幸せそうに笑っているところを」
「………」

じわり、と胸に広がるのは不快感。
想像だけで抗いがたい衝動が生まれる。
そんな静雄の心のうちなど知っていると言わんばかりに薄い笑みを刷いて、帝人は僅かに首を傾けて問うた。

「我慢できますか?」

…出来るわけがない。
もともと我慢は苦手だ。多分、八つ当たりみたいに臨也に何か投げつけるに決まっている。
無理ですよね、と呟くように口にして。
帝人は静雄に向ける視線を責めるそれから挑むようなものへと変えた。

「僕は、彼が笑いかけてくれる相手が自分であればいいと思っています。……あなたは?」

子供故の真っ直ぐさだと笑って曖昧に済ますことを許さない目。
自分を恋敵だとはっきり認識しているその強い色が、静雄の内の、見ないようにしていた焦燥を煽る。

「もう一度言います。あなたがいらないと言うのなら、あの人は僕がもらいます」

はっきりと。
そう告げた子供に何と返せばいいのか。
息苦しさを覚え答えも決まらぬまま口を開こうとした、その時。

電子音が響いた。

はっと気付いて慌てて携帯を取り出せば、そこにはトムの名前。
どうやら長く時間をとりすぎたらしい。
「…悪ぃ、仕事だ」
そう伝えて、相手の反応を待つ。
真剣な言葉に何も返せていないことが心苦しい反面、答えずに済んだことにほっとしてしまい。
静雄はそんな自分にうんざりした。

「いえ、どうぞ。もう僕の用事は終わりましたから」
にっこりと笑って「行ってください」と言われて。
「…あ、ああ…じゃあな」
静雄はどうしようもない重苦しい気持ちを抱えたまま頷く。
そして、なるべく帝人の顔を見ないように視線を逸らし、その場を後にした。



慌ただしく、逃げるように走っていく後ろ姿を見送って。
帝人は息を吐き出した。
緊張しなかったと言えば嘘になる。
でも、

「………これで、良かったんだよね」

あの人がたった一人の人間を想って苦しむ姿など、見たくない。
できることなら、自分が彼の特別になりたかったけど。
でも、それが無理なのは分かっている。
だからせめて、たった一人を想って想って、誰の目にも明らかなほど弱ってしまう前に。
そうなる前に彼を救ってやりたかった。
それが、今の帝人の願いだった。