Call
※『mail』続編。






side:S 逃げるということ















――『静雄さん』

そう声をかけてきたのは、いつだったかの来良の学生だった。

「あー…俺に何か用か?」
首を傾げ気味に問うと、学生――竜ヶ峰帝人が頷く。
「はい、お聞きしたいことがあるんですが少しいいですか?」
「…ああ、いいけどよ」
立ち話でもいいのか?というと、構いませんと簡素な返事。
それを受けて、静雄は相手に次の言葉を促す視線を送った。
が、相手はすぐには口を開こうとしない。

しばしの沈黙。
その沈黙に元々気が長いとは言えない静雄が痺れを切らす、その寸前。

「最近、臨也さんを見かけないですよね」
「……っ」

切り出された言葉に、呼吸が止まった。
なんだ?何を言い出すんだこいつは。
そう混乱した頭で必死に考える。

「ずっと、思っていたんです」

そんな静雄を気にした様子もなく、帝人はぽつりと呟くように言う。
口調は静かだが、酷い威圧感を感じるのは静雄の気のせいではないはずだ。
まっすぐに見つめてくる視線は強い意志を宿してまったく揺らがず。
静雄は年下の子供に完全に気圧されていた。
帝人は小さく息を吐き出して、それから黙ったままの静雄に問う。

「静雄さんは、臨也さんをどうするつもりですか?」
「………どうって」

意味が、分からない。
言葉の真意も。帝人がそれを問う理由も。
そもそも、そんなことを問われても、困るのだ。
どうするも何もメール以外での臨也との繋がりなど、あの殺伐とした関係以外ありはしないのだから。

「…どうするって、言われても、な」

あの男をどうしようと思ったことなど静雄にはない。
メールだけで満足で、手を伸ばそうとは思いもしなかった。今は確かにそれを後悔してはいるけれど。
そもそも、かつては臨也に直接相対して抱くのは負の感情以外なかったのだ。
怒り、苛立ち。殺意。
それに恋心などという甘ったるい感情が紛れたところで、やはり一番強いのはそれらで。
つい一週間前までの自分ならば、実際顔を見れば怒りの方が強くなってしまっただろうと思う。
おそらく、本当におそらくだが。
目の前の子供が問うているのは、このいつのまにか変わってしまった感情が求めている、望んでいる、そういうものの話なのだろう。
直感でそう感じて、静雄は困ったように眉を寄せた。
口にしたら、諦めると決めたその決意がすべて無に帰してしまいそうで。
だから、本心を口にするわけにはいかなかったのだ。

「…俺とあいつに何か関係があるわけじゃなし、俺があいつをどうこうってことはねぇよ。まあ、殺したくはなるけどよ…」
「誤魔化さないでください」

はっきりと、突き刺さるような声が曖昧に答えを濁そうとした静雄を咎める。
強い、痛いほどの視線。
自分が誰かを知って、それでもまっすぐ憤りに満ちた瞳を向けてくる子供に、静雄は口ごもるしかなかった。

「知ってますか?臨也さんが倒れたって」
「……」

知るわけがない。
そして、そもそも何で帝人が知っているのか、と疑問に思う。
自分が知らないことを知る相手に、静雄は胸を圧迫されるような苦しさを覚えて低く唸った。

諦めると、忘れると。そう決めたのだ。
今更そんなことで心を動かされるな。
臨也がどうなろうと、誰が臨也のことを語ろうと自分にはもう関係ない。
嘘だ逃げるなとしきりに喚く心を押し殺して、静雄は眉根を寄せて、目の前の相手を睨みつける。

「だから…どうだってんだ」

絞り出した声は、酷く掠れていた。
そのことに舌打ちしようとしたその瞬間。

「あなたが関係ないというのなら。いらないというのなら、あの人は僕が貰います」

耳にしたその言葉に、信じられないほどの衝撃を受けた。