Call
※『mail』続編。






side:S 望まないということ















ちらりと視界の端を過ぎった黒に。
静雄ははっとしてそちらを振り返った。
もちろん見慣れた黒でない。
そう分かっているのに、ほとんど無意識に探してしまうのだ。

「しずおー?」

どうした?と心配そうな気配を滲ませるトムに、首を振る。

「何でもないっす」
「そうか?」
「はい」
「まぁ、お前がそう言うならいいけどな…」

相談くらいのるからな?と言われて、苦笑いするしかない。
「ありがとうございます。でも、俺の問題っすから」
普段から迷惑をかけているのにこんなことで尊敬する先輩を煩わせるのは、さすがに気が引けた。
そんな静雄の気持ちに気づいたのかどうか。
トムは時計を見ながら言う。

「そっか。ああ、ちょっと時間あるから休憩するか」
「あ、はい」

じゃあ煙草吸ってきます、と言って離れた静雄に、トムはそれ以上何も言わなくて。
それが今はありがたかった。

気持ちを、整理する時間が欲しいのだ。
忘れるにはあまりにも育ちすぎたこの感情をきっちり諦めるために。

「まあ、難しいのは分かってんだけど」

忘れようと思って、忘れられなくて後悔することを繰り返して一週間。
苛々して、衝動的に新宿の臨也のマンションに乗り込んでやろうかと思って。
でも、今はそんなことをする度胸もなくて。
そうして、無為に時間だけが過ぎていく。
それでも、もう何も望まないと。
そう決めたのだ。

諦める。忘れる。

何度も頭の中で繰り返して暗示をかけようとする自分が滑稽だった。
そんなことで忘れられるような、そんな簡単なものではないのに。
ふうと息を吐き出して静雄は何とはなしに空を見上げた。
視界のどんよりと曇った空がまるで自分の気持ちを映したようで嫌になる。

「あー…どうすりゃ忘れられるんだろうなぁ」

呟いたところで答えなど見つかるはずもなく。
仕事に戻るか、と考えた時、後ろから足音が聞こえた。

「静雄さん」

かけられた声に振り返れば、意外な人物がそこに立っていた。