Dance with Devils!


















4.いつだって唐突






風呂に浸かりながら、静雄は眉根を寄せて思案していた。
状況が飲み込めない。
その一言に尽きる。

仕事が終わって帰宅した静雄を出迎えたのは、勝手に部屋に上がりこんだ臨也だった。
さも当たり前のように出迎えた黒尽くめの自称悪魔はもう少しで出来るから風呂に入ってきなよ、とだけ言って、さっさとキッチンに戻っていった。
漂う良い香りにとりあえず文句を言うのは諦めて、風呂場へ向かったのが30分前。
静雄はいまだに風呂に浸かっていた。

「つか、何考えてやがんだ…あいつ」

静雄が臨也を喚び出した時から――と言っても静雄には喚び出した自覚はないが、臨也は態度を変えた。
今まで見せていた殺意混じりの視線や行動はなりを潜めて、それこそ別人じゃないか?と疑いたくなるほどだ。
だが、本人だ。
それが静雄には分かるからこそ、分からない。

「訳わかんねぇ…」

溜息をついて、ずずっと湯船に沈み込んで。
決して得意でない思索を続けていると、ぱたぱたと足音が聞こえた。

「シズちゃん、まだ出ないの?」

扉越しに問いかけてくる相手など、一人しかいない。
「まさか逆上せてないよね?」
などと言いながら、二人を隔てる扉に手をかける気配――

「っ…い、今出るから!あっち行ってろ!!」

思わず叫んだ静雄は悪くない。
相手は臨也なのだ。好きな相手を意識するなという方が無理だった。

「なに怒鳴ってるのさ」
「煩ぇ!とにかくあっち行け!」
「はいはい了解。でも男同士なんだし別に――」
「いいからあっち行ってろっ!!」

必死の叫びが通じたのか、臨也は了解の返事を返して引き返したらしい。
そのことにほっとして、静雄は安堵の溜息をついたのだった。






はい、と差し出された茶碗を受け取って、静雄は臨也の顔を見る。
小憎たらしい笑みを浮かべなければ、見惚れるような顔立ちなのだ。

「…なに?」
「あ、いや、何でもねぇ。ありがとよ」
「どういたしまして。冷めないうちに食べなよ」
「おう」

こくりと頷く。

「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」

返される言葉に新鮮さを覚えながら、静雄は目の前の料理に手をつけた。
デミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグ。
厚みのあるそれを豪快に箸で突き刺すあたり、静雄は食べ方に頓着するほうではないことが伺える。…実際にはただ単にフォークとナイフがなかっただけなのだが。
ともあれ、箸で小さくしたそれを頬張った静雄は、小さく目を見張った。
そのままもぐもぐと味わうように咀嚼して、飲み込む。

「うめぇ」
「はは、それはどうも」

にっこり笑う臨也はその言葉に満足したようだ。
スープも自信作なんだよと、言われて勧められるまま口をつける。

「これ…じゃがいもか?」
「うん、そう。じゃがいものポタージュ。まあ、俺としては牛蒡とかも好きだけどさ」

裏ごしが大変なんだよと苦笑する臨也に凝った料理などしない静雄はその大変さを理解することはできなかったが。
だが、臨也は料理が上手い、ということだけは理解できた。
付け合せも含めて、みんな美味しい。
と、そこでふと気付いた。
テーブルの上には自分の皿のみ。つまり、臨也の分はない。

「手前は食べないのか?」
「んー…まあ俺は人間の食べ物なんてほとんど栄養にならないしね」
「……」
「なぁに?まさか一緒に食べたかったとか?」
「ち、ちがっ!そんな訳ねぇだろうがッ」
「だよねぇ」

くつくつ笑って、臨也は頬杖をついたまま静雄に視線を投げかける。

「ま、シズちゃんが食べさせてくれるなら食べてもいいよ?」
「なっ!?」
「あはは、冗談だよ冗談」

心底おかしそうにシズちゃん慌てすぎ、と笑う臨也はあくまで静雄をからかっただけだった。
だが、静雄にとっては違った。
勘違いというわけではないが、それをするべきだと何故か思ってしまったのだ。
さぁて俺は何か飲み物でも作ろうかな。
そう言って立ち上がる臨也の腕を慌てて掴んで。
静雄は一瞬迷ったがそれを差し出す。

「ほ、ほら…っ」

目の前に突きつけられた箸にはハンバーグ。
一瞬きょとんとして、それから臨也は何度か瞬いた。
そして、こてんと首を傾げて。

「…シズちゃん、君正気…?」
「て、手前がやれって言ったんだろうがっ」
「いや、冗談だったんだけどね?」
「…………いいから、食え」
「………」

じっと下から見据えられえて。
視線の高さの違いに何だか新鮮だと思いながら、臨也は息を吐く。

「分かったよ」
「っ」

ひょいと屈んだ臨也にハンバーグが浚われて、そのまま咀嚼される。

「うん、さすが俺。美味しい」
「………」
「…いやあのシズちゃん、何固まってんの。君が食べろって言ったんだよね?」
「う…あ…いや…な、何でもねぇ…し」

とても何でもないようには見えなかったろうが、それ以外言えない。
間違っても、“はい、あーん”をしてしまったとか、同じ箸で間接キスだとか、そんなことを思ったなど言えるはずがなかった。

「………」
「………」
「………」
「………」

お互いを見つめたまま沈黙が続く。
じわじわと追い詰められるような感覚に、静雄はごくりと喉を鳴らす。
何とかこの状況を打破せねば。
そう思っても思考がまともにできず、何も言葉が出てこなかった。

そのまま数分がさらに経過して。
沈黙は、予想外な形で破られた。

「っ!!?」
「ん、硬すぎず柔らかすぎず?」
「…っ!な、なに!?手前なにしてっ」
「えーっと…ごちそうさま?」

首を傾げてそう言われて、静雄はぱくぱくと口を動かすしかない。
唇に残る、暖かく柔らかな感触。それが何なのかくらい混乱する頭でも分かるのに、でも、だからと言って理解できるわけではない。
何?何が起きた?と頭の中で繰り返し問いかける。
そんな静雄の様子をしばらく眺めて、それから、臨也は傾げた首をさらに傾けた。
眉根を寄せて、何事か考える仕草をして。
ひとつ頷く。

「じゃ、俺用事思い出したから帰るね。また明日!」
「へ…お、おい!?」

くるりと背を向けてばたばたと早足に行ってしまう臨也に、静雄が慌てて立ち上がり声をかけるが返事はない。
ばたんという音に出て行ってしまったことを確認して。
静雄はわけが分からず混乱したまま、ただしばらくの間立ち尽くすしかなかったのだった。












※間違った方向に転がり中…?(ただし静雄的にはたぶん良い展開)

なお、今回のメニューは、書いた前日が和食メニューだったことを踏まえて和食にするかで悩んだものの、シンプルにお子様舌好みということでハンバーグになったという経緯があったりなかったり(笑)