Dance with Devils!


















2.運命と呼ぶには、






「シズちゃんおっはよー!」

そんな声と共にどすんと腹の上に重みが――というには些か軽かったが――かかって、静雄はううっと唸って目を開けた。
正直言ってまだ眠い。
目覚ましも鳴っていないのだから、まだ時刻は起床するには早いはずだ。

「…だから、どこから入ってきやがった」

昨日あのあと確かに追い出したはずの男が何故か部屋の中に存在することに。
低く不機嫌な声で問えば、相手はにやりと口の端を吊り上げた。

「俺に鍵なんて意味なさないよ。それより願い事は決まったかい?」
「………」

思わず溜息が漏れる。

「昨日の今日で決まるわけねぇだろ、退け。重い」
「ちょっと、俺重くないよ?」
「い い か ら、退け」

苛立ちを隠さず睨みつける静雄に、相手――自称悪魔の折原臨也は笑みを消して首を傾げた。
だから、ホント退いてくれ。自分の今の体勢考えろよ…き、騎乗位とか、そういう感じなんだぞっ。
朝からなんてものを見せやがると内心本気で焦る静雄だったが、そこに小首を傾げるなどという仕草が追加されてはもうどうにもならない。
そもそも好きな相手が自分の腹の上に跨っているとか、朝の生理現象を差し引いても問題だった。

「ふうん…ま、いいよ。退いてあげる」

トンと、体重を感じさせない動きで床へと降りたった臨也は起き上がった静雄ににっこりと笑う。
何を言い出すかと身構えるのは日頃の言動から考えれば当然だったが。
その唇が紡いだのは、
「おはようシズちゃん」
という、何の変哲もない朝の挨拶だった。
「…はよ」
短く答えると満足げに頷く相手。
なんだか、調子が狂う。
いつもだったらたぶんとっくに喧嘩になっているだろうと思うのに。

「……とりあえず着替えるから、あっち向いてろ」
「?…別に男同士だし」
「いいからあっち向け」
「もー我侭だなぁ」

不法侵入者には言われたくねぇ。
そう思いつつ、臨也が後ろを向いたのを確認して部屋着を脱いだ。
掛けてある服に手を伸ばしながら、昨日からずっと思っていることを言葉にするべく口を開く。

「つかよぉ…ノミ蟲」
「ん?何?」

律儀に後ろを向いたまま答える臨也のその後頭部を視界に映して、目を細める。
さらさらの髪が白い項にかかって、瞬間ドキリと鼓動が跳ねた。
慌てて目を逸らして、必死に質問を頭に思い浮かべて静雄は言葉を続ける。

「手前って本当に悪魔なのかよ」
「その質問昨日もしたよね」
「うっせ。どう見ても悪魔には見えねぇから言ってんだよ」
「じゃあどんな格好だったら悪魔に見えるっていうのさ。まさか角とか翼とか生やせって言うんじゃないよね?あれ結構鬱陶しいんだよ?」
「…鬱陶しいってな…」
「人間の想像する悪魔が悪魔の本来の姿だなんて思わないで欲しいな。そもそも人型の生き物に角が必要な理由がある?まあ…羽はあっても移動に便利だしいいかもしれないけどさぁ」
「あーあー分かった!角も翼も尻尾もなくていいから少し黙れッ!」

あまりごちゃごちゃと煩く囀る臨也にとりあえず黙れと怒鳴ると。
臨也はあいかわらず振り返らぬまま、僅かな間沈黙した。
こいつは本当にあのノミ蟲なんだろうか。
そう疑いたくなるほど大人しいその反応に眉を寄せる。

「まあいい。分かった。手前は悪魔。それで納得しとく」

まあ性格は十分悪魔みてぇなもんだし、疑ってても埒があかねぇと決める。
ふうと息を吐いて、さっさと着替えて。
静雄はもういいぞと声をかけた、が。
振り返った自称悪魔の視線に完全に呼吸が止まった。
真っ直ぐな、まるで射るかのような赤い瞳が静雄を見据える。
怖いほどに真剣な顔は、見たこともないものだった。

「…っ…臨」
「君が何を願うにせよ――」

静かな声が響く。

「俺は悪魔だ。知り合いだろうが親兄弟だろうが、ただで願いを叶えるようなことはなしない。だから、よく考えて願うことだ」

すっと細められる目。
いつもの厭らしい笑みはなく、ただその秀麗な顔立ちを際出させるような表情に。
不思議な色の瞳に。
視線を逸らすことができない。
そんな静雄の目の前にすっと指先が突きつけられた。

「ッ」

ビクリと肩を揺らしたのは仕方ないだろう。
緊張の表情を隠さず相手の次の行動を待つ静雄に。
臨也はそれまでの表情を崩してにやりと笑った。

「なぁにそんなに緊張してるのさ?別に今は何もしやしないよ?」
でも、よく考えなよシズちゃん、と彼は詠うような声で言う。
「君の願い事がどんなものでも俺が貰う対価は変わらない。それこそ、君のベッドの下に転がってる100円を拾ってこいだろうが世界一の富豪になりたいだろうが、対価は一緒なんだから、…」
そこで言葉が途切れて、何か続けようとしていた口が閉じられる。

「…臨也?」

突然のことに首を傾げた静雄に、臨也は小さく嘆息して首を振った。
彼が何を考えたのかは分からない。
ただ何かを悩むように眉根を寄せて、しばらくそのまま考えて。
それから、臨也はもう一度息を吐き出した。

「そろそろ帰るよ。シズちゃんもお仕事頑張ってね」
「あ、おい!?」

止めるまもなく玄関へと向かう相手。
来る時は使わないくせに帰りは玄関からかよとかどうでもいいことを考えてしまうのは、ある種の現実逃避だと自覚している。本当に静雄にはまったくといっていいほど理解できない男だ。なのにこれが好きとか物好き以外の何者でもないのだろ、と。そう思ってしまえば、もう脱力するしかない。
見送るつもりはないが、唐突な行動につい追ってしまった静雄は玄関で足を止めて。
臨也もふと思い出したように足を止めて振り返った。

「そういえばさ」
「あ?」

ドアノブに手をかけて玄関の扉を開きながら。
臨也は僅かに首を傾けて悪戯好きな子供のような笑みを浮かべる。

「俺、尻尾はあるよ?」

は???

呆けた静雄にくくっと喉を鳴らして。
じゃあまたね!という軽やかな声とともに扉が閉められた。












※どう考えてもからかわれてる平和島さん。