おおかみさんの災難















――あ?何で電気ついてんだ?

そう思って首を捻った俺に、答えが与えられたのは鍵を回して玄関のドアを開けてすぐのことだった。

「シズちゃんおかえり!」

そんな言葉とともに腹に衝撃。
見下ろすと、俺に抱きつく臨也の姿があった。

「…手前なぁ」

確かに合鍵はやった。
来たければ来ていいと言った。
だが。

「今何時だと思ってんだよ」
「ん?午前1時…何分だろ?でも大体それくらいだね」
「…………」

思わず溜息が漏れる。
おい中学生。いくら明日が休みだからってこんな時間に家主に断りもなく勝手に侵入して居座るんじゃない。せめて連絡くらい入れろ。
そう思うのも仕方ないことだろう。
こいつの両親が放任主義なのは分かっているが、さすがに色々まずい。

「…家には連絡したんだろうな?」
「したよ」
「…そうかよ」

…逃げ道はないらしい。
零れた溜息は先程より重く。

「風呂は?」
「入った」
勝手にかよと思うがそれは言わずに、代わりに「飯は?」と問えばこれも食べたと答えが返った。
「シズちゃんは?」
「食ったけどよ」
「じゃ、お風呂入ってきてよ」
「あ?」
「そしたら、寝よ?」

明日も仕事でしょ?と小首を傾げて言う臨也は、何というか…すごく可愛い…気がする。
いやいやいや、落ち着け俺。こいつに他意はない。
これは何だか最近すっかり習慣化しているお泊まり会(というほどのものではない。俺と臨也だけだし)でのいつもの要求だし、そもそも元々客用の布団なんかない。だから仕方ないんだ。
とまあ、自分に対してよく分からない言い訳をして、一瞬浮かんだ妄想を頭を軽く振ることで追い出す。

「…すぐ入ってくるから、先に寝てろ」
「はーい」

素直な返事に頷いてやって。
それから、俺は臨也が先に眠ってしまうことを期待してなるべく時間をかけて風呂の入ることにした。




だというのに。
「まだ起きてやがったのか手前は」
遅い!と不満げに見上げてくる臨也に、もはや説教をする気も起きない。

「…さっさと寝ろよ。中学生」
「シズちゃんがのんびりいつまでも風呂に入ってるからじゃないか」
「…待ってろなんて言ってねぇ」

脱力したまま呟いて、俺はベッドの上に座ったまま睨んでくる臨也を無視して布団を捲った。
当然、
「ちょっ、シズちゃん酷い!」
布団の上にいたせいでころりと転がった臨也に抗議されるが無視だ。
明日も早い。眠るのは…こいつがいる限り熟睡は無理だが、それでも横になって身体を休めるくらいはしておきたかった。
空いた場所にごろりと横になって、ふうと一つ息を吐く。
それから、まだぎゃあぎゃあ喚いている臨也の腕を掴んで引き寄せた。
「うわっ、何するのさ!?」
「うるせぇ」
引き寄せた腕は放してやって、代わりに俺の横のところをぽんぽんと叩いて寝ろと示す。
むうと眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げた臨也は、本気で不機嫌そうだ。
だが、拗ねてはいても眠いのはばれてんだよ。眠い目擦って待ってたんだろうってことも、分かってる。
いつもより鋭さに欠ける視線と緩慢な仕草で全部分かってるんだから、ここは素直に寝ておけと言ってやりたい。
まあ、そのまんま全部口に出したら完全に拗ねて寝ないと言い張りそうだから、言わないけどな。

「おら、俺はもう眠いんだから、とっとと寝るぞ」
「えー…」

まだ何か言おうとするのをぎゅっと軽い力で枕に頭を押し付けてしまえば、不満そうな顔。
だが、やはり眠いらしい。それ以上の反論はなく、臨也はもぞもぞと布団に潜ってくる。
俺の隣の開いたスペースに横になって、

「おやすみシズちゃん」

俺の腕を断りもなく抱えた臨也は、ふんわりと笑ってそう言って、目を閉じた。
残された俺はと言えば、「お、おう。おやすみ」とどもりながら返事をして、無駄に高くなった心音を抑えるのに躍起になっている。くそっ、ホント、やばい。なんだってこういちいち心臓直撃なことしやがるんだ。
さらに言えば、目を瞑ったあどけない表情と、僅かに開いた柔らかそうな唇と、パーカーから覗く滑らかそうな首筋。それがどうにも目の毒で。
奥歯を噛み締めて、眉根を寄せてきつく目を瞑って、抱き寄せたい衝動を堪えて。
そうして、翌朝まで俺は一睡も出来ないまま過ごす羽目になった。


いつまで経っても甘えたな子供なのだ。特別な意味はない。
そう言い聞かせて一晩耐えた自分を褒めてやりたいと、本気で思った。












※嬉しい反面災難な静雄さん。