33.君は馬鹿だ











side:I





俺相手に無謀にも説得を試みるシズちゃんに。
その言葉に、抱きしめる腕の心地良さに。
俺は何だか負けた気分でその胸に顔を埋めていた。
好きだ、と馬鹿の一つ覚えみたいに囁くもんだから、恥ずかしくて顔をあげられやしない。
責任を取れと言えばいくらでもなんて返すとか、ホント、もう。

「シズちゃん」
「ん?」
「君って馬鹿だよね。しかもすごい大馬鹿」
「………」
「せっかく、逃げるチャンスだったのに」

そう言いながらも、ああそれは違うかと頭の中で自分の言葉を否定する。
俺が苦しいから手放そうとしたんだし、逃げたかったのは俺だ。
恋なんてしたことないんだよ俺は。だから、自分が自分でないみたいで嫌だった。
今までなんて馬鹿なことをしてるんだろうって笑って観察してた恋する人間たちと同じ。
愚かにも恋に翻弄される自分が嫌で、逃げたかった。
なのに、逃がさないと宣言するシズちゃんに、嬉しいと思ったのも事実。
ぐちゃぐちゃで整理のつかない心は不愉快なのに、シズちゃんの言葉と行動の一つ一つにとてもドキドキして、求められているのが嬉しいんだ。

「…俺、シズちゃんは俺のことそういうふうに見てないって思ってたよ」
「俺だってそうだ」
「確かにギクシャクはしてたけど、全然そんな素振り見せなかったのに」
「…俺だって手前ほどじゃないけど嘘もつくし演技もするんだよ」
「シズちゃんの癖に」
「手前ぇ」

貶める言葉にピクリと反応して、シズちゃんは大きく深呼吸して無理やり怒りを静めたらしい。
怒りっぽいけど、今まで一度だってシズちゃんが俺を傷つけたことはない。遠慮なのか、それとも好きだから我慢してくれてるのかは知らないけど。

「好き、だよ」

相変わらず顔を上げないまま、ぽつりと呟くように告白する。
不安は変わらない。俺は冷静さを保てなくなるくらいなら、恋なんてしたくなかった。
でも、俺の言葉にぴくんと反応して、嬉しそうに俺の名前を呼びながら抱きしめる手に力をこめるシズちゃんが、好き、なのだ。
そうされるだけで嬉しくて、やっぱり手放したくないと最初に抱いた欲がまた顔を覗かせる。
だって、いくら嘘つきな俺でも、この恋心を嘘で覆い尽くすことなど出来ないのだから。
だから。

「もう逃がしてあげないよ?」

顔を上げて、サングラス越しの目をまっすぐ見詰めて言った。
対するシズちゃんは笑みの形に目を眇めて、くっと笑って答えてくる。

「逃げねぇって言ってんだろうが。手前こそ覚悟しろ。逃げたりしたら地の果てまでだって追っかけていってやるからな」
「それは怖いねぇ。シズちゃんなら確かにそれくらい余裕で出来そうだ」

つられるようにくすりと笑って、俺はシズちゃんの背に手を回した。
応えるように背中を大きな手のひらで撫でられる。

「臨也、好きだ」

そう言って、そっと触れるだけのキスが額に落とされて。
俺は、ああ捕まっちゃったと胸中で呟く。
最初は俺が捕まえるつもりだったのに怖気づいたせいで立場が逆転だ。
でも、悪い気はしない。シズちゃんの好きって言葉とキスで、少しずつ不安が薄らいでいく。
感情に振り回されるなんて全然俺らしくないのに、それでもいいかと思い始める辺り、どうやら俺は結構現金な性格をしていたらしい。
新しい発見だと苦笑して、それを見咎めたシズちゃんに何だ?と訊かれて首を振った。
繰り返し、俺の心に刷り込むみたいに囁かれる言葉が心地良い。
何度も何度も。
唇以外になされる柔らかな口付け。
それを享受して目を閉じた俺に、シズちゃんが顔を近づける気配があって。
ついに重ねられた唇に、胸が熱くなって、ふるりと体が震えた。












※――どうしよう。すごく、幸せだ。