29.リアリストの諦念
side:I
シズちゃんから逃げだして。
新羅のマンションを飛び出した俺は、途方にくれて空を見上げた。
「あーあ…やっちゃった」
伸ばされた手を、拒絶してしまった。
怖かったなんて言い訳にもならない。あれじゃ誤解されるよ。
しかもシズちゃんを置いてきてしまったのは新羅の家。
もともと俺よりシズちゃん寄りな新羅のことだ。もし問われれば、ここぞとばかりに俺の悪事全部洗いざらい教えてしまうだろう。
「…残念、かな」
あの大きな手が、優しい眼差しが。俺は好きだったんだけど。
もうたぶん、シズちゃんは俺にそれをくれたりしないだろうから。
手の中の携帯に目をやって、何度かボタンを操作して。
映る番号をぼんやりと眺める。
ここにかけて用件を伝えさえすれば、それでチェックメイトだ。
最後の仕掛けがうまくいけば、シズちゃんはどれほど嫌でも俺から離れられなくなる。
…でも。
「…やめた」
もう止めた。
ちっぽけな嘘を積み重ねて。
そのことで今こんなに苦しい思いをしているのに、もっと苦しくなるのは嫌だった。
やっぱり俺に恋愛なんて無理だ。
苦しくて辛くて。不安で、どうしようもない。
なにより。
手放したくなんかない。絶対放さないと決めていたはずなのに、簡単に揺らぐ自分が嫌だった。
「こんなの俺じゃない」
こんな風に揺らぐなんて、自分らしくない。
シズちゃんに会うまでこんなことなかったから、それが酷く不安だった。
伸ばされた手は払ってしまった。
あの目が、俺を拒絶するのを見たくなかった。
シズちゃんを罠に嵌めたことを、知られたくなかった。
だから、俺はもう――
※諦めようと、そう思った。