28.痛みを伴うとしても











side:S





逃げ出した臨也を追うことも出来ず。
俺は途方に暮れて立ち竦んでいた。
どれくらいそうしていたのだろうか。たぶん、実際には長くても数分だったんだろうが何だか酷く長く感じられた。
ようやく拒絶された手が持ち上げられたままであることに気付いて、空しさを感じながら下ろす。
拒絶された。その事実だけで打ちのめされた気分だった。
好きな相手に拒絶されるのがこれほどに痛いことなのだと、俺は初めて知ったのだ。

「…どうすりゃいいんだよ」

伸ばした手は結局触れることさえ許されなかった。
明確な拒絶。…これで、ただ側にいることさえ出来なくなるかもしれない。
それを想像して、俺はぶるりと体を震わせる。
嫌だ、と痛烈に感じた。

「でも、もうどうしようもねぇだろ」

どれほど俺が嫌だと駄々をこねても、臨也が出て行けと言えば俺は出て行くしかない。
あそこは臨也の家で、俺はただの…。

「………クソ」

こんなことになるくらいなら、嘘などつかなければ良かった。
あの時、あの場で、素直に好きだと言ってしまえば良かったのだ。
その場で断られても、出て行けといわれても、あるいは興味本位で受け入れられたとしても。
今ほどに苦しく感じることはなかった気がする。
だけど、それでも。
俺はこんな状況になっても、いまだに一歩を踏み出せない。
ここまで来てしまったのだから、終わらせるためにであっても言ってしまえばいいと思うのも確かだってのに。
なのに、俺はいまだにこの部屋から出ることすら出来ないでいる。

「臆病過ぎだろ」

告白する勇気もなければ、追いかける勇気さえもない。
俺はどうしようもない臆病者だ。
「…臨也」
好きだから、報われなくてもいいから離れたくなかっただけなのに。
それすら、世界は叶えてはくれない。
クソッともう一度唸るように口にして、俺は苦しさに耐え切れずしゃがみ込もうとした。
その時。
「静雄、臨也出てっちゃったんだけど…」
と、新羅の野郎が臨也が開け放したままにしたドアの隙間からひょいと顔を出す。
「…あー…わりぃ、俺のせいだ」
一応、臨也は新羅の患者であるわけだし謝っておくと、新羅は別にいいけどねと首を振って答えた。

「それで、君は何でまだここにいるんだい?」
「………」
「ま、そっちも私としてはどうでもいいけどね」

なら訊くなと睨めば、おお怖いとわざとらしく身を竦ませる。

「僕を睨んでも仕方ないだろ」
「…うるせぇ」

そんなことは分かってる。
臨也を追いかけられないのは俺の問題で、新羅は関係ない。八つ当たりめいたことをした自覚もある。
でも、だからって今の俺に寛容な対応なんて期待されても困るんだよ。
そんな気分でさらに睨む俺に溜息をついて。
新羅はふと思い出したかのように口を開く。

「ああ、そうだった。静雄、ある人から伝言があるんだけど」
「………何だ」

不機嫌な問いかけにも動じた様子はなく。
新羅は「うん、あのね」と言葉を続けた。

「最初から諦めてかかったら手には入るものもは入らなくなる。後悔しない選択をしろってさ」
「…誰が言ったんだ?」
「臨也の知り合い。同業者だって言ってたよ」
「…そうか」

どこのどいつかしらねぇが、たぶん、倒れた臨也を運び込んだってヤツなんだろう。
知った風なこと言いやがって。
そう内心文句を言いつつも、俺は少しだけその言葉に勇気付けられた自分がいることに気付いていた。
後悔しない選択か、と思う。
確かに俺はあの時臨也に本当の気持ちを告げてしまわなかったことを後悔している。
最初から諦めて手に入れようと努力もしなかった。
ただ消極的に臨也の側に居たいとだけ望んだけれど、それも既に難しい状況だ。
ならいっそ、言ってしまうのもありなのかもしれない。
あの感じじゃきっぱり拒絶されるのは目に見えてるけどな。
でも、はっきりしないままってのも、やっぱもう無理だろうしよ。
…何より、こんな状態いつまでも続けてたらキツイ。

ふうと息を吐き出して、俺は俯きかけていた視線を上げた。
新羅はまだ俺を見ていて、何か言いたそうな顔をしている。
こいつはセルティ以外はわりとどっちでもいいというタイプだが、どうやらそれなりに心配してくれてるらしい。
その顔を見て、俺はもう一度、大きく息を吐き出した。

「…正直、しんどいんだけどな」

でも。確かに、選択、すべきなのかもしれねぇな…。
そう思って、俺は臨也が出て行ったドアへと視線を向けた。












※伝えたら、たぶん終わるのだと分かっていたけれど。