20.すべてはこの手からすり抜ける











side:I





深夜、まだ日が昇るには随分前。
起きた俺が真っ先に思ったのは、ああやってしまった、という後悔の言葉だった。
酒の勢いって怖い、とか茶化してみたところでどうにもならない。
せめてもの救いは、最後までしなかったことだろう。

「うわー…我ながらあり得ない」

理性的な方だと自負していたし、今まで誰か特定の人物を好きになったことがなかったからこんな事態になることはなかった。
「最低だ」
静雄を二度と逃がしてやる気はないが、かと言ってこういう関係になる気もなかったのだ。
そもそも男同士。普通に考えてどうこうなるわけもない。

「シズちゃんも流されないでよ…」

そう言って、何故か同じベッドで寝ている男を見やる。
非常に気持ちよさそうに寝ていて、何だかムカついてきた。
誘ったのは自分だとか、そんなことはどうでもいい。今更に過ぎた。
熟睡しているらしいシズちゃんを起こさないように、そっとベッドを降りて。
俺はもう一度だけその寝顔を見る。
馬鹿じゃないの。なに考えてるのさ。そう文句を言いたくなるのは、俺が身勝手な人間だからだ。
俺の力じゃシズちゃんには絶対勝てないのだから、シズちゃんが抵抗してくれれば昨日の過ちは起きなかったのに。そう考えて、シズちゃんのせいにして逃げ道を探そうとしている。
なんで、拒まないのさ。俺が、君の”ごしゅじんさま”だから?

「はは…そうかも」

俺はそう言う意味でシズちゃんが好きだけど、シズちゃんもそうだとは思えない。シズちゃんの嗜好なんてとっくに調べた。年上の、どちらかというと物静かで奥ゆかしい女性が好みで。少なくとも、シズちゃんに同性愛者の気があるようには思えない。

「世の中、そうそう都合良くはいかないわけだ」

自嘲して、首を振る。
これは遊び。単なる戯れ。ただの酒のせい。とりあえず、そう言い訳すれば問題ない。
またひとつ、シズちゃんと自分に対してつく嘘が増えるだけのことだ。
肉体的なものだけでない倦怠感を抱えて、俺はそっと部屋を出るべくドアへ向かう。
もう、振り返る気にはなれなかった。

好きだから、手に入れたいと思った。逃がさないと決めた。
…でも、こんなことを望んだわけではなかったのだ。












※触れたいと思っていたはずなのに、どうしようもなく胸が痛い。