13.からかわれるのは、嫌いだ










side:S





あれから、俺はしばらく臨也を避けた。
とは言っても、ちゃんとあいつのマンションに戻っているし、飯も食える時は一緒に食っている。
ただ、気づかれない程度に、接触は最小限にするようにした。
そうでもしないと、無意識に手を伸ばしてしまいそうだったのだから仕方ない。
そう思っていたのに、だ。

「手前な」

風呂上がりに冷たくて気持ちいいので、リビングの床に座っていたら、その背に衝撃。
ぎくりと強ばった俺はそろりと振り返って、予想通りの光景を目に入れてまた固まった。
背中合わせに俺にくっつく臨也がどんな顔をしてるのかは分からない。
だが、何も言ってこないその態度から、聡い臨也が俺の態度を怒っているのだと容易に知れた。

「…おい」
「………」

呼びかけに返事はない。

「…臨也」
「………」

やはり、答えない。
ただ、背中越しの温もりだけはしっかり俺に伝わっていて。
正直な話、かなり心臓に良くない状況だった。
どうしたものか。ここで退いたりしたら、多分ものすごく怒るんだろう。それが分かっているだけに、どうすればいいのか本気で悩む。

「ねぇ、シズちゃん」

唐突に、臨也は俺を呼んだ。
こちらが呼んでも返事をしなかったくせに、と思ったが、まあいい。

「何だ?」

返せば、あのさ、と呟くような声。

「シズちゃんは、恋したことないって言ってたでしょ?」
「ん…あ、ああ。言ったけどよ」

数日前の朝の会話で、確かに言った。
ただ、あれは、その前日の臨也の問いかけ――女に興味がないのか――に対する答えだったんだけどな。俺は、こいつを知るまで、女どころか誰にも恋なんかしたことなかったんだし、当然だった。
まあ、うっかり恋に気付かせてくれた相手に対する嫌味もあったかもしれないけどよ…。

「そっか」

ぽつりとそう言って。
臨也はまた黙ってしまう。
おい、何が言いたいんだよ?何でそんなこと聞いといて、そっかだけですますんだ手前。

「ね、シズちゃん」
「…何だ」
「キス、しようか」
「――は?」

言われた言葉が、理解できなかった。
なんだそれは、と思った俺の気持ちが伝わったのだろう。
臨也はくすりと小さく笑う。

「冗談だよ。からかおうと思ったのにそんな反応だとちょっと面白くないなぁ」
「手前っ」

明らかにからかいの調子で言われて、勢いで振り返った俺に。
臨也は背を離してにんまりと笑みを浮かべた。

「最近シズちゃんなんか俺に冷たいんだもん。これなら面白い反応するかと思ったのに、残念」
「ああそうかよ。悪かったな。どうせ面白くねぇよ俺は」
「あれ?怒った?」
「怒るに決まってんだろうが!大体冗談でもキスしようかなんて言うんじゃねぇ!」
「えー…俺うまいって評判なのに」
「っ!そういう問題じゃねぇよ!!っていうか、好きでもないヤツとキスすんじゃねぇ!」

そう叫んだ俺に、臨也はきょとりと目を瞬かせる。
そして。

「うっわ、シズちゃんって純情って言うか…今時珍しいくらいの古風キャラなわけ?」

と、呆れたような表情を浮かべてのたまった。

「〜〜〜っ!!!」
「ははっ、うん、面白いなぁ。俄然してみたくなったね」
「あ?」

にっこり笑った臨也に、言葉の意味を問う前に。
臨也は、行動に出ていた。
柔らかい感触が、唇をかすめていく。

「なっ!?」
「あは、シズちゃんのファーストキスいただき」
「………」
「…あれ?ひょっとして初めてじゃなかった?」

首を傾げるこいつに、たぶん悪気はあっても他意はないんだろう。それが分かっているのに、不覚にもドキリとしてしまった自分が嫌だった。
唇に残る柔らかな感触に。
俺は、臨也を睨むことしかできなかった。












※俺のこと好きでもねぇくせに。