12.こんな感情知らなかった










side:I





シズちゃんが出かけてから。
俺は仕事をしながらも、どこか上の空だった。
小さな痛みを訴えてくる心臓にまさか病気じゃないだろうな、と思うが、生憎健康診断を受けたばかりである。

「…ってことは、やっぱりシズちゃんが原因だよな」

昨日の記憶は途中から酷く曖昧だった。
いくら相手がシズちゃんだからとはいえ、油断しすぎだ。いつ何があってもおかしくないヤバい商売をしているのだから、もっと気を引き締めるべきだというのに。

「何を、話したんだ…?」

シズちゃんがおかしな態度をとるようになるような、そんな会話をしたのだろうか。
…分からない。
しかしそれよりもむしろ、

「そもそも、何でシズちゃんがつれない態度だからって俺がこんなふうになるわけさ?」

本当は何でかくらい分かっていたけれど、そう口にしてみる。
鬱陶しく思われたかもしれないことが、悲しかった。
『俺は、誰かを好きになったことなんてねぇよ』と言った静雄の言葉に、軋んだ胸の痛みの理由くらいもう分かっていた。
俺――折原臨也は、平和島静雄と自分の関係に、苦しくなったのだ。
あの優しさが、彼の律儀な性格から来るものでしかないのだと考えて、悲しくなったのだ。
触れる手の心地よさを知ってしまったことを、平和島静雄を知ってしまったことを、いまさらながらに俺は悔やんでいるのだ。
こんな気持ちが自分の中にもあったのだと知ってしまったことが、たまらなく、辛かったのだ。
ああそうだ。分かっている。俺は――、

「ははっ、俺、シズちゃんが好きなのか」

馬鹿だ。馬鹿すぎる。
俺とシズちゃんの関係なんて、結局はただの金の繋がりでしかないと言うのに。
報われない恋だ。気づかなければ良かった。
でも、

「もう遅い」

そう。もう遅い。
くつりと笑って、俺は窓越しの雨が降り出しそうな重い色をした空を見る。
逃がしてなんてやれない。その繋がりが何であれ、気づいてしまった以上切ってやる気はない。

「ごめん、シズちゃん」

俺は君を手元に置くためなら、何でもするような、汚い人間なんだ。
だから。












※だから、俺は嘘をつこうと、そう決めた。