3.戸惑う日々










side:S





「静雄、お前昨日やべぇ連中に追いかけられてたって本当か?」

トムさんにそう言われて。
俺は、正直返答に困った。
何とか、
「追いかけられたけど、大丈夫でしたから」
と返したけど。
どう切り抜けたか訊かれたら本気で返答に詰まる羽目になっていただろう。
トムさんは、そうか、と言って「何かあったらちゃんと俺に言えよ。まあ、愚痴とかぐらいしか聞いてやれねぇかもしれないけどな」と笑って頭を撫でてくれた。
子ども扱いな気がしないでもないが、トムさんにされると悪い気がしないのはなんでだろうか。
そう思いつつ、俺は社長に借金の件を話さなければいけないことを思い出した。

『俺がそっちも肩代わりしてあげるから』

そう言ったあいつ――折原臨也は、朝方仕事に出掛ける俺に「いってらっしゃい」と口にした。
高校を卒業して家を出てから、久しく聞いていなかった言葉だった。

「あー…」

何と言うか、調子が狂う。
俺の知るあいつの噂ってのは大体ろくなもんじゃない。池袋で関わってはいけない人間――俺も含めて――の一人に数えられるようなヤツだから、実際たぶんろくでもないヤツなんだろう。
だけど、昨日あいつと初めて会ってからずっと。あいつは俺を楽しげに観察はしても、特に俺を怒らすようなことはしてこない。それどころか、俺に飯を作ったり何だり、やけに甲斐甲斐しく世話を焼いてくる始末だ。
いや…ひょっとしたら…っていうか、多分実際その可能性の方が高いが、あいつは俺をペットか何かだと思っているのかもしれない。
身動き取れない事態に陥った、保健所行き寸前の迷い犬か何か。そんな風に考えているのかもしれない。

「…ま、似たようなもんかもな」

あいつが拾わなきゃ、俺は今頃確実にどこかの研究所送りにされていたんだろうしな。
ごそごそとポケットを探って煙草の箱を取り出して。
俺は取り出した一本に火をつけて、深く煙を吸い込んだ。
肺腑を満たすそれに満足し、目を瞑る。
頭に浮かんだのは、マンションを出る前に見たあいつの顔だ。

「…ホントはあいつには何のメリットもねぇよな…」

柔らかく微笑んだ顔を回想して、ふと、思う。
観察させろと言われたし、帰る家を替えられたりしたが、俺があいつから受けた制約はあまりに少ない。今までの生活と変わったことなど、ないに等しい。

「それって、フェアじゃねぇよなぁ」

そう考えて。
俺はせめてあいつの番犬代わりくらいにはなってやろうと、そう思ったのだった。












※この日々が続くということをその時の俺はまだ、深く考えていなかったのだ。