1.唐突な始まり










side:S





「――じゃあ、俺が君を買ってあげようか?」

その言葉が、すべての始まりだった。








俺――平和島静雄は、普通ではなかった。
抑えの利かない怒り。化け物と呼ばれても反論できない、ありえないような怪力。
自分でも嫌で嫌で仕方ない力。
物を壊すなんて日常茶飯事で、人間相手だって怒りを我慢なんてできなくて。
『自動喧嘩人形』なんて呼ばれるくらい、俺は自分を制御することができなかった。
街の物を壊すたび借金はかさんでいく。
でも、それでも。まさか、それがどうしようもない金額になっていたことまでは、知らなかったのだ。



「…さて、大人しく来ていただけますか?」

平和島静雄さん、と名を呼ばれて。
俺はクソ、と胸中で呟いた。
社長が俺の借金を肩代わりしてくれていることは知っていた。
ちゃんと返すつもりだったし、給料から天引きされていたから今現在の借金がどの程度かなど気付かなかった。
だけど、かなりの金額なのは確かで。
そして、今回は、壊したものとその持ち主が問題だった。
相手が悪かった。
俺一人でどうにかできる相手じゃねぇし、かと言って、これ以上、会社にも社長にも、こんな俺を拾ってくれたトムさんにも迷惑はかけられなくて。
結果、俺は自分を売らなければならない瀬戸際に立たされている。
暴力を抑えられない自分が悪い。
だから、諦めて、覚悟を決めようとした俺の前に。
そいつは現れた。

「じゃあ、俺が君を買ってあげようか?」
そう言って。
どうする?と首を傾げた男。
他の連中はそいつを知ってたらしい。
オリハライザヤ。
そう呟いた声を聞いた。
その名前は、噂に興味がない俺でも知っている名だった。
新宿のオリハラ。新宿を根城にする情報屋だと、聞いたことがあった。

「ねぇ、平和島静雄くん。君はどうする?どうしたい?」
「…なに、が」

何を、どうするというのだ。
そう問うために上げた俺の目を見つめて。
そいつは笑った。

「こいつらに何処かの研究所に売り飛ばされるか、それとも俺と来るか。君は、どちらがいい?」

にっこりと。
悪魔の笑みを浮かべた男を睨みつける。
そんな俺に手を差し出して、そいつはもう一度、問うた。

「さぁ、君はどうしたい?」












※何故、俺はこいつの手を取ってしまったのだろうか。(後から思い返せば、それは馬鹿馬鹿しいほど単純なことだった)