17.求める
※『猛獣』設定。来神時代。















「あーあ、ついに負けちゃったかぁ」

そう言って。
見上げてくる独特の色彩の瞳には、先程までの苛烈さはもうなかった。
凪いだ湖面のような静かな瞳で静雄を見上げて、臨也は口の端を僅かに吊り上げ、小さく声に出して笑う。

「シズちゃん、好きだよ」

苦笑をふわりと柔らかな笑みに変えて言った臨也に。
静雄は一瞬息を詰まらせて、それから何か言わねばと口を開き――、その口を指先で押さえられて声を封じられた。

「シズちゃん、俺は君が好きだよ。だけど、それは恋愛感情じゃない」

ゆっくりと紡がれる言葉はからかう色のない真摯な響きだった。
だから、静雄も何も言わずにその言葉の続きを待つ。
それに満足げな表情をして、臨也は静雄の頬に手を伸ばしてきた。触れて、撫でて。目を細める。

「これは恋じゃないんだ。これからだって恋になる保障もない」
ねぇ、シズちゃん。と、小さく呼びかけられて。
拘束していた手を解いて、相手がするように頬に触れれば擦り寄せてきて。
覚悟を決めるように小さく呼吸して、臨也は静雄に問うてきた。
「それでも君は、俺を欲しがってくれる?」

見つめてくる目は、静雄の答えを確信していた。
確信して、腹を括る覚悟を決めて、静雄に最後の確認をしているのだ。
だから、静雄も素直に応じる。たったひとつ心の底から欲しいものが、悩んで悩んで悩んだ末に妥協すると言っているのだ。手を伸ばさないはずがない。なにより、踏み込みさえすれば順応性の高い臨也はすぐに新しい関係に馴染むと確信していたから。だから、その一歩を強引にでも進めたくてタイミングを図るのを止めたのだ。予想よりもはるかに梃子摺ったが、ようやく手に入ることに歓喜する。

「俺は、手前以外いらねぇよ」

とっくの昔に知ってんだろうが、そんなこと。
渋面のまま静雄はそう言い、臨也の汗で張り付いた髪を払ってその額にキスを落とす。

「だから、手前も俺だけ見てろ」
「や、無理。だって俺人間ラブだし」
「…………」

空気を読めよ手前。
そう言ってやりたいのは山々だが、臨也の悪癖は知っている。それが決して治らない不治の病であることも。
だから静雄は、
「…個人で好きなのは俺だけにしろ」
そう妥協するしかないのだ。
静雄の諦めを含んだ拗ねた声に、臨也が笑う。

「今も昔も、俺が個として好きなのはシズちゃんだけだよ?」
「…新羅とか門田とかいるじゃねぇか」
「あのさ…その二人に嫉妬するのは間違ってない?」
「間違ってねぇ」
「…………そうかなぁ」

首を捻る臨也を開放して、抱き起こしてやると。
臨也は静雄に手を伸ばしてきた。
なんだと思う間もなく、引き寄せられる。
こつんと額と額を合わせて。俺はシズちゃんが好きだよ、と臨也は囁くように今の気持ちを声にする。

「俺は確かに新羅もドタチンも好きだけどね。でも、それは本当に単純な『好き』だ。君に向けるみたいな、汚いのもきれいなのも全部ひっくるめた『好き』じゃない。ついでに言えば、他のヤツには殺意も抱いたりしない」
「………」
「君だけが間違いなく俺の特別だ。それだけは確かだから」

だから、と臨也は静雄の首に腕を回して抱きついて、柔らかな声音で言った。



「まだ同じ『好き』じゃなくても我慢して、待っててよ」












※ようやく収束。