16.諍う
※『猛獣』設定。来神時代。















――ああ、クソ。なんでこんなことになってんだっ!

そんな静雄の心の叫びに答えが返るはずもなかった。
投げた鉄柵など端から無視して、臨也が迷うことなく静雄に接近する。
ナイフが顔のすぐ横を走り、皮膚を薄く切り裂く。辛うじて避けたが、相手はそれすら予測のうちだったのだろう。さらに一歩踏み込んでもう一撃。
とっさに掴もうとした静雄の手を見透かすように、銀色の軌跡を残して相手――臨也は軽いステップで後退した。

「シズちゃんいい加減本気でかかって来てよ」
「…なんで、んなことしなきゃならねぇんだよ」

低く唸るような静雄の問いかけに、臨也は目を瞬かせ――そして、笑った。
「さっきも言ったろう?タダで俺を手に入れようなんて甘い考えは捨ててよ」
くつくつと笑う相手の目は、本気だった。

――『ねぇシズちゃん、俺と付き合いたいなら、せめて俺より強いことを証明してよ』

臨也がいないことを確認して再び学校を出ようとした静雄と、ちょうど学校に戻ってきた臨也がばったり出くわして。
そのすぐ後の臨也の言葉から始まった攻防。
問答無用で切りかかってきた相手に一瞬キレてつい投げてしまったが、すでに静雄は冷静さを取り戻している。
だからこそ今のところまだどちらも無傷に近いが、それも時間の問題だった。
大体どんな理屈なんだよ。って言うか、手前は自分より強い奴とだったら誰とでも付き合うってのかよ…。
そんな訳ないと分かりつつもそう愚痴らずにはいられない。

「臨也、俺は――ッ」

喋る余裕も与えない気なのか。臨也は迷うことなく真っ直ぐナイフを投擲してくる。
チッともう一度舌打ちする。臨也は本気だ。そして、本気であるならば、静雄には手加減する余裕などあるはずがない。
本気の臨也の攻撃は避け損なえば静雄とてただではすまない。臨也もまた、新羅曰くの『怪物』なのだから。

「シズちゃんまさか、俺相手に手加減しようとか考えてないよね?」
「…ねぇよ。できるか」
「ははっ、なんだ…ちゃんと分を弁えてるのか」

くつりと笑う臨也の目には強い殺意が込められていた。
静雄は臨也の中の殺意の正体は知っている。それは、自身を殺し得る存在を先に潰してしまおうとする本能からのものだ。極限まで研ぎ澄まされた生存本能が、自分を殺し得る存在――静雄を殺せと命じるのだと、本人が言っていた。
そして同時に、静雄は、臨也がその殺意を見事なくらい完全に押さえ込んでしまえることも知っている。だから、つまり。
今向けられている殺意は、間違いなく臨也本人の意思で表面化したものだと、理解していた。
ああ、クソ。仕方ねぇ。静雄がどう思おうと臨也はやるといったらやる。静雄の方が強いと証明できなければ、臨也は決して譲歩したりはしないだろう。
…あれは、自分の決めたルールは破らない生き物なのだ。

「クソッ…手加減、できねぇのによ」

する必要などないと分かっていても、傷つけたいわけではない。
どうすれば傷つけずに済むのかと計算してしまう。

「あれ、やってみっか」

賭けは嫌いだが仕方がない。失敗しても痛い思いをするのは自分だけだ。
うまくいく保障はねぇけどな、と呟いて。
静雄は地面を蹴った。
まずは右ストレート。これは読まれるのが前提だ。
案の定、臨也は軽く避けてそのまま軽いステップで後退する。それを追って踏み込み、繰り出されたナイフを避けて。
「ッ」
捕らえようと伸ばした左手を避け、静雄の身体に沿うようにするりと後方へ抜けた細身を目で確認。
抜ける寸前で切りつけられた腕が痛んだが無視だ。気にしている余裕はなく。
そのまま、右足を軸にして静雄も身体を反転させ、顔面に迫った銀色の刃を掴む。

「へぇ、よくついて来られるようになったね」
「手前と散々喧嘩したからなぁ?」

さっさとナイフを手放した臨也が愉しげに笑う。
強く握れば、臨也の手を離れたナイフは先程までの鋭さを失ったかのようにあっさりと砕けた。

「あーあ…それ結構高いのに…」
「うるせぇっ知るか!」

これで第一関門はクリアだ。ただの勘だが、今日の臨也はナイフはさっき投げたものとこの一本しか持っていない。そう確信している静雄は、迷うことなく畳みかけた。
余裕を与えてはいけない。相手は戦うことに特化したプロなのだ。油断すれば勝負は一瞬で決まってしまう。
馬鹿の一つ覚えと嘲笑される右ストレートを叩き込む。もちろん避けられるが、狙いはそこではない。
武器を失くした臨也は静雄の予想通りなら懐に入り込み一撃を見舞うだろう。
食らえばただではすまないが、それを出させるのが静雄の狙いだった。
予想通りに踏み込んできた臨也の鳩尾を狙った攻撃。その軌道を読んで手首を捕らえて。

「――ッ!?」

驚きに瞠った赤い瞳に、作戦の成功を確信する。
そして、相手の勢いを利用しそのまま地面に引き倒して、両手を束ねて押さえつけて。
それから、静雄は漸く安堵の溜息をついたのだった。












※この二人の喧嘩はわりといつも殺し合いです。